昨日の男も、英人の身体が忘れられないとこぼしていた。
所詮自分には体の価値しかないのだとつくづく実感させられる。
昨夜、榛名に抱かれながら空に昇る風船のように膨らんだ期待感が、一気にしぼんだ。
仕事のために必要な人間だから親切にして、ついでに自分の欲求が晴らせる便利な存在として扱える、と、たぶんそれが榛名の答えだろう。
社会的な立場上、これまで幾人もの人間を雇用し、人を見極めてきた榛名にとって、英人の感情を操り掌の上で玩ぶなど簡単なことだったはずだ。
それなのに自分はまんまと仕掛けられた罠にはまってしまった…。
英人が重苦しい感情を抱いていると知ったら、身の程知らずの厚かましさに疎まれるのだろうか。
「また仕事をここに持ち込んだほうが良さそうだな。おまえのそんな顔を見ると後で後悔をさせられる」
榛名は冗談とも取れないことを軽く口にした。
前に英人が自分の気持ちを無理矢理閉じ込めて榛名と別れ、2日間も寝込むような高熱にうなされたことを言っているのだろう。
もちろん仕事のキャンセルなどさせられるわけがなく、英人は大きく首を振った。
寝起きの茫然とした時間ながら、愁いを漂わせる表情を見せてしまったことを悔やんだ。
これ以上優しくしないでほしい、期待を持たせないでほしい、と思っていることは前と一緒だったが、今のほうが突き落とされた時のショックが薄らいでいた気がする。なんとなく心の隅で分かっていたことだったし、開き直ってしまったのだと感じた。
これ以上榛名の傍にいることが怖くもあった。
開き直った分、きっと今の自分なら自分で考える時間を少しでも置かないと、体の関係だけでもいいからと、榛名の足元に跪いてでも手放さないでくれと泣きついてしまいそうだったから…。
英人は掴まえてしまったシャツの裾から手を離した。
「もう、大丈夫だから。…昨夜のこと、色々あったし…。男のこと、なんとなく不安になっただけ…」
内側に籠る悲痛な叫びを隠し、咄嗟についた嘘を本当に榛名が信じたかは定かではない。
榛名は一瞬眉をひそめたが、「また今夜に寄る」と見逃してくれた。
ささっと身支度を整えた榛名が、出て行く前にもう一度ベッドの端に座った。
まだ目を覚ましたままの英人のふっくらとした頬を手の甲でさすった。それから静かに告げられる。
「何も不安に思うな。あの男のことは調べさせておく。心配ならボディーガードを付ける」
英人はまさに目を剥く勢いで驚いた。
不意に思いついたささやかな嘘に、ここまで話が大きくなるとは予想もしていなかった。
どこのお坊っちゃまか芸能人か著名人ならともかく、一般市民の、それも中の下以下の暮らしをしてきた自分には全くそぐわない名称が耳にされれば、返す言葉もすぐには出てこない。
目を見開いたまま黙りこくった英人に、榛名はクスっと笑みを浮かべた。
「前から思っていたんだ。おまえは一人でいることが多い。話し相手くらい持ったほうがいい。食事も一人で摂るよりは明るい気分になれる。もちろんおまえの制作活動の邪魔はさせない。気に入らなければすぐに取り替える」
榛名がすでに決め込んでいたことだと告げられると英人は二の句も告げなかった。
ただただ恐れ多くもあり、同時に『榛名千城』という人物の代わりになることなのだと感づいた。
必要外の時間の面倒は、使命を与えた人物に任せてしまおうかということなのか。
英人を監視するために完全なる人物を揃えようというのだろうか。
再び英人は絶望の淵に立った。
榛名にとって、その程度の存在でしかないと再確認させられた気分だった。
英人はボディーガードの存在を軽く拒んだ。自分は男だし、そこまで自分の身を守れないわけではないと言い張ってみたのだが、先程『昨日の男が不安』と口にしたことを強調された上に、一人では何一つ解決できない未熟さを上げられ言葉を失う。
「午前中はこの部屋にいろ。午後、野崎と一緒に連れて来させるから少しでも嫌だと思えば遠慮なく言うんだ」
それはもう、確定事項であり、命令であり、英人の自由など存在していなかった。
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所詮自分には体の価値しかないのだとつくづく実感させられる。
昨夜、榛名に抱かれながら空に昇る風船のように膨らんだ期待感が、一気にしぼんだ。
仕事のために必要な人間だから親切にして、ついでに自分の欲求が晴らせる便利な存在として扱える、と、たぶんそれが榛名の答えだろう。
社会的な立場上、これまで幾人もの人間を雇用し、人を見極めてきた榛名にとって、英人の感情を操り掌の上で玩ぶなど簡単なことだったはずだ。
それなのに自分はまんまと仕掛けられた罠にはまってしまった…。
英人が重苦しい感情を抱いていると知ったら、身の程知らずの厚かましさに疎まれるのだろうか。
「また仕事をここに持ち込んだほうが良さそうだな。おまえのそんな顔を見ると後で後悔をさせられる」
榛名は冗談とも取れないことを軽く口にした。
前に英人が自分の気持ちを無理矢理閉じ込めて榛名と別れ、2日間も寝込むような高熱にうなされたことを言っているのだろう。
もちろん仕事のキャンセルなどさせられるわけがなく、英人は大きく首を振った。
寝起きの茫然とした時間ながら、愁いを漂わせる表情を見せてしまったことを悔やんだ。
これ以上優しくしないでほしい、期待を持たせないでほしい、と思っていることは前と一緒だったが、今のほうが突き落とされた時のショックが薄らいでいた気がする。なんとなく心の隅で分かっていたことだったし、開き直ってしまったのだと感じた。
これ以上榛名の傍にいることが怖くもあった。
開き直った分、きっと今の自分なら自分で考える時間を少しでも置かないと、体の関係だけでもいいからと、榛名の足元に跪いてでも手放さないでくれと泣きついてしまいそうだったから…。
英人は掴まえてしまったシャツの裾から手を離した。
「もう、大丈夫だから。…昨夜のこと、色々あったし…。男のこと、なんとなく不安になっただけ…」
内側に籠る悲痛な叫びを隠し、咄嗟についた嘘を本当に榛名が信じたかは定かではない。
榛名は一瞬眉をひそめたが、「また今夜に寄る」と見逃してくれた。
ささっと身支度を整えた榛名が、出て行く前にもう一度ベッドの端に座った。
まだ目を覚ましたままの英人のふっくらとした頬を手の甲でさすった。それから静かに告げられる。
「何も不安に思うな。あの男のことは調べさせておく。心配ならボディーガードを付ける」
英人はまさに目を剥く勢いで驚いた。
不意に思いついたささやかな嘘に、ここまで話が大きくなるとは予想もしていなかった。
どこのお坊っちゃまか芸能人か著名人ならともかく、一般市民の、それも中の下以下の暮らしをしてきた自分には全くそぐわない名称が耳にされれば、返す言葉もすぐには出てこない。
目を見開いたまま黙りこくった英人に、榛名はクスっと笑みを浮かべた。
「前から思っていたんだ。おまえは一人でいることが多い。話し相手くらい持ったほうがいい。食事も一人で摂るよりは明るい気分になれる。もちろんおまえの制作活動の邪魔はさせない。気に入らなければすぐに取り替える」
榛名がすでに決め込んでいたことだと告げられると英人は二の句も告げなかった。
ただただ恐れ多くもあり、同時に『榛名千城』という人物の代わりになることなのだと感づいた。
必要外の時間の面倒は、使命を与えた人物に任せてしまおうかということなのか。
英人を監視するために完全なる人物を揃えようというのだろうか。
再び英人は絶望の淵に立った。
榛名にとって、その程度の存在でしかないと再確認させられた気分だった。
英人はボディーガードの存在を軽く拒んだ。自分は男だし、そこまで自分の身を守れないわけではないと言い張ってみたのだが、先程『昨日の男が不安』と口にしたことを強調された上に、一人では何一つ解決できない未熟さを上げられ言葉を失う。
「午前中はこの部屋にいろ。午後、野崎と一緒に連れて来させるから少しでも嫌だと思えば遠慮なく言うんだ」
それはもう、確定事項であり、命令であり、英人の自由など存在していなかった。
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