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BLの丘
淋しい夜に泣く声 60
2009-10-20-Tue  CATEGORY: 淋しい夜
彼は名前を教えてくれた。日野尚治(ひの しょうじ)。あのバーで7年以上働いているそうで、なんと英人と同じ年だった。
絶対に年上だと思っていたと告げたら、悔しそうにしながらも、「あんたが童顔なんだよ」と短く答えられてしまった。
客層はある程度みることができたし、長年の経験から良い悪いの区別がつくくらいの眼力は備えていると言われてしまえば、彼の手にもよって守られていた自分の過去がなんとなく恥ずかしくて仕方なかった。

英人は掻い摘んで彼にこれまでの事情を話した。
仕事の関係で出会った人物と恋仲に落ちたものの、身分違いと蔑まされて引き離されたこと。その一部始終の鍵を握ったのが野崎であること。お金で全てを清算され落ち込んでいたこと。何故今更野崎が自分を探しているのか理由も分からないこと。
彼がどれほどの洞察力を持ち合わせているのかとか、ほんの一瞬の戸惑いですら読み透かしてしまうような能力があるとか、勤務時間内でありながら退社した日野の動作を見逃していないはずだと英人が思っていることを彼に告げると、さすがに「まさか…」と漏らしたものの怖気づくものがあったようだ。
「だからやっぱり、貴方に迷惑はかけられない」
英人は出て行くと伝えると、「じゃあどこに行く気なの」と呼び止められた。

日野は英人に行くあてがないと思い込んだままだから、ここから出たら彷徨うだけだと心配しているらしい。
この時になってようやく、英人はアパートの存在があることを明かした。
「ごめんなさい。帰りたくなかったんだ、あそこに…」
図々しくもお邪魔してしまったことを謝れば、日野は怒りもしなかった。
「まだ住む場所があったっていうだけ良かったよ。それにあのまま送り返しても、たぶんあんたはまた徘徊しただろう。あんな死人みたいな顔はもう見たくない」
これで良かったんだと日野に言われて、ようやく乾いたはずの涙が再び現れそうだった。

「アパートにもいないから探し回っているってことかな。あの人、うちの店に、前にあんたが良く通ってたって知ってたんだな。一番身を寄せやすいと思われたか…。でも理由がなければ探さないよな。なんかあったんじゃないの?あっちに。…お金なのかあんたなのかは知らないけど。一度くらい話して状況を把握しないと、ずっと追われる生活になるぞ。連絡先くらい知っているんだろ?」
日野はどんな状況であれ、一度野崎と連絡を取れと言う。
英人にはそんな勇気はなかったが、探しているという理由くらいは知りたいと確かに思った。

野崎に通じる電話番号は携帯の中に収められている。
その時になって、英人は自分が携帯電話を所持していないことに気付いた。そして、アパートの部屋の鍵も閉めていないということも…。
そのことを日野に話すと笑われた。
「そんな感じだったよな。今にも死にそうで放っておけなかった」

英人はどうして自分などにここまで親切にしてくれるのかが不思議でしかたなかった。
身体を求められているのかと思えばそんな雰囲気は微塵もない。
「ねぇ、なんでこんなに良くしてくれるの?」
素直に尋ねてみれば日野は悲しそうに過去を振り返った。
「昔さ。あんたみたいな子がいたんだよな。まだ10代の子で、誰彼かまわず付いていくようで冷や冷やさせられてた。あの頃は俺も客同士のことだから…って口も出さずにいたんだけど、ある時あまり良い噂を聞かない奴にくっついていっちゃってさ。何をされたのか知らないけど、そのすぐ後で自殺したんだ。あの時止めてやればこんなことにならなかったのに…って罪悪感を感じて。…べつにあんただからっていうわけじゃないから。見てるの、辛いんだよ。付き合うならともかく『売る』ようなのは、さ。それぞれの状況があるから何とも言えないのは分かってるけど」
だから抜けられたのなら戻らないでほしい、と日野は締めくくった。

榛名も似たようなことを言っていたな…と初めて出会った頃を振り返る。両手を縛られ、何をされるのかと冷たい汗が流れたものだ。危険と隣り合わせだった世界…。
日野はどれだけ多くの彷徨う人間を救ってきたのだろうか。
とても自分とは同じ年とは思えない落ち着きぶりに、いかに自分が世間知らずで無防備なのかと思わされた。

「じゃ、外の様子でも見てくるか。ちょっとコンビニに行ってくるからまだここにいてよ」
本当に付けられているのかどうか確かめてくる、と日野はさっさと外に出て行ってしまった。

マンションの目の前にあるコンビニに10分ほどで往復して、数本の缶ビールを手にして日野は戻ってきた。
「いた」
あんたのカン、凄いな、と感心されるやら、野崎の観察力と行動力にも驚かされているようだった。
「さて、どうする?このまま会いに行く?話してくる?」
なんだったら付いていってやるよ、と付け加えられたが、英人はプルプルと首を横に振った。とてもではないが昨日の今日で野崎と顔を合わせる勇気はなかった。
野崎の目を誤魔化してアパートに戻る方法はないだろうか…。いつまでいるのだろうか…。それより英人がここから出なかったら、野崎はどうやって英人がここにいるという確証を掴む気なのだろう。
帰りたいのに帰れないと思案する英人の横で日野が、それなら…とたいして悩んだ様子もなく「送っていってやるよ」と迷いもなく平然と言った。
「あの人が居たのはエントランスの前の道路だし、非常階段の方から出れば分からないよ。俺、敷地の外に駐車場借りて車を置いてあるから裏から出てそこまで行ければ、あんたを送っていってやれる」
英人が躊躇する間もなく、日野はこれからの行動を決めてしまった。

「でも、それじゃ…」
「どうせ乗り掛った船だから気にするなって。それに俺としてもちゃんと送り届けた方が安心できるし。俺の自己満足だと思ってくれればいいよ」
屈託なく笑顔を向けられ、なんだか申し訳ないと思いながら英人は彼の優しさが嬉しかった。

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コメント

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コメントきえ | URL | 2009-10-20-Tue 19:23 [編集]
ち様

こんばんは。お越しいただきありがとうございます。

>こんぱんは。1日に2話UP嬉しいです!が、次話はいつ頃のUPですか??ドキドキ。。

粗大ごみにあおられ、明日分が気付いたらupという情けない状況に…

一応、榛名氏とご対面くらいまではストックがあるので、次は深夜にでもお届けしようかと思います。
でもその先はアヤシイ…。

バーテンのお兄ちゃんと英人、そして榛名氏、次回作には誤解も解け、コワーイ展開にはならないと思います。

コメントありがとうございました。
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