全身の泡を洗い流されて、美琴は湯船の中にそっと下ろされる。
美琴の足を先に入れた瑛佑は、湯加減を聞いてから全身を沈める。
トロリとした湯は肌を優しく包んでくれるようだった。
美琴を先に浸からせて、瑛佑も体を洗いに戻り、すぐに浴槽へとやってきた。
いくら手早くとはいっても、美琴に時間をかけたのは、体中にある打ち身を気遣ってのことだったのだろう。
瑛佑も湯に全身をひたすと、大きく息を吐き出して、入浴を堪能しているようだった。
湯船の中でも平然と美琴に近づき、腕を伸ばしてきては足の間に抱きしめようとする。
広い浴槽ではないのだから肌くらいぶつかるのは仕方がないとしても…。
人がいないところでの瑛佑の過剰なくらいのスキンシップはもう知っていることだった。
誰の目もなければ…と割り切って受け入れられるようになったとしても、ここは他人が出入りする場所。
いくら、『貸切』の状態であったとしても、落ち着くものではない。
身体の反応のこともあったし、ささやかな抵抗を試みるが、腕の力強さは敵わないものだとすでに承知している。
「ちゃんと温まってよ。美琴さん、ただでさえ、体温低いんだからさ」
それは代謝が悪い…と言いたいのだろうか。
瑛佑にくるまれている時の居心地の良さは、その体温も関係するのかと、少々考えてしまった。
背中を瑛佑の胸に預けて、手足をさすられた。
それからポツリ、瑛佑からしみじみとした声が漏れてくるのを耳にした。
「なんともなかった…とは言えないかもしれないけれど、これくらいで済んでくれてホント良かった…。ごめんね、俺がもっと美琴さんのこと、考えてやれれば未然に防げたかもしれないのに…」
最悪なことを考えたらキリがない。
どこまでが『良かった』の部類に入るのか分かりはしないが、瑛佑が言うように、今の結果が最良のことだったと思うことはできる。
美琴の自己判断から生まれた事態なのに、瑛佑が自身を責めていることには胸を痛めた。
逆に美琴を罵倒してくれたほうが、どれだけ反省できたことか…。
でも瑛佑は一緒に生きていこうとしてくれる。
どちらが…、何が…、といった責任を押し付けあうことはしない。
全ては『ふたりで選択した結果』であって、『誰が悪い』ではなないのだ。
甘やかされている…。それは美琴自身が一番良く感じていることでもあった。
これまでの人付き合いとは明らかに違う、深く深く入り込んでくる人。同じように自分を曝け出しても寄りかかれる精神的な逞しさを持った人。
「瑛佑…。そんなふうに言わないでください。あなたのおかげで救われたのですから。私のほうこそご迷惑をおかけして…」
「迷惑だなんて思っていないって何度言わせるの。美琴さんが生き生きしているところ見るの、俺は嬉しいんだって。だってさ、そういうの、たぶん、他の誰も知らないでしょ」
瑛佑にとっては、迷惑をかけられるというよりは、秘密を握れる優越感が勝っているようだった。
弱みを握る…、そんな下種な根性ではなく、本心から美琴のことを見ていたいと思われることは、美琴も恥ずかしさが湧いても面映ゆく感じられた。
わざとそんな言い方をしているのかもしれない。瑛佑なりの物事の進め方は、聞いていて嫌味ではなく、邪な思考を持たせなかった。
美琴は照れくささもあって俯き加減になる。
「…あなた…、だから、ですよ…」
誰も知らないことを瑛佑だから見せられる、美琴ですら、改めて思うことだった。
ドクンと、美琴の腰下で硬いものが跳ねた。
より密着した肌に、熱く当たるものに神経が集中してしまう。
「あ…」
「美琴さんて、さぁ…。煽るの、絶対上手いよね…」
瑛佑はため息混じりにつぶやくが、しんみりとした口調ではなかった。
自分が…ではない。もともとは瑛佑の物事の運び方だ。
そう強調したくなって、つい声が裏返る。
「だ、だから、それはあなただから…っ」
「そーゆーとこが。認められて図に乗らないわけがないでしょ。でさぁ、さっきの話だけど、携帯電話失くしたことも、怪我したことも報告しなくったって気付くのが社長なんだし、変に妄想されるくらいなら、こっちから明かしちゃった方がいいと思わない?」
「滑落のことを…ですか?」
「どんな状況でとか、場所なんかどうだっていいじゃん。そんな細かいことまで詮索するような社長じゃないよ。そこのところは適当に言い訳つくってもらって、うまく丸めこんでもらってさ」
どっちにしろ、自分の失態はいつまでも隠しておけるものではないと美琴も承知している。
遅かれ早かれ…なのだが、瑛佑の何かを含んだ言い方は気を留めるものに値した。
「瑛佑?」
「いい温泉見つけたし、ここ、宿泊対応してくれるし。ご飯も付いているし。疲労困憊の体をゆっくりとリフレッシュさせるには最適なところだと思うんだけれどなぁ?」
本気で言っているわけではないのだが、『疲労困憊』と表現されては返せる言葉が見つからない。
事実、瑛佑は美琴のためにどれだけの体力と精神を疲労させたことか。
一睡もしていない瑛佑が、このまま腰を落ちつけて休みたいと思うのは当然のことでもある。
当然だが、今の美琴には瑛佑の代わりに運転することもできない。
ふざけた口調で語ってくれるが、その趣旨は充分すぎるほど理解できた。
つまり、"もう一泊していこう"というものだ。
日帰りのハイキングの予定は、『二泊三日』の日程に化けようとしていた。
反論するとは、瑛佑にこれ以上の無理をさせることになる、と思う美琴の心理をしっかり把握したうえでの『提案』だった。
さらに言えるのは、この地において美琴が持つ力関係を有意義に発揮できること。
まさに公私混同していると言わざるを得ないが、こちらも立場がバレた今となってはどこまでも付きまとってくるものになる。
それが『特別待遇』を受けた、事態に発展しなければいいが…と危惧するものの、『人間』としてありたい"プライベート"な時間だと認めてくれる人々と期待する。
瑛佑を守るためなら、嘘も方便、自分の持つ知識と権力を最大限に有効利用するだろう。
「まったく…」
美琴はあからさまにため息をついてみせたが、やはりこちらも本心ではない。
同時に承認したものと伝えてもいた。
「ありがとう、美琴さん…」
瑛佑の唇が満足したように弧を描いていた。
彼が喜んでくれるのであれば…。
"瑛佑よりも年上の自分は、瑛佑に何をしてあげて、何を残せるのだろう。"
先程脳内を過った思いに一つの答えが見えた気がした。
…一緒に生きていけばいい。お互いの吐息を感じあえばいい…。
分からない将来に脅えるのではなく、共に生きていくことを一番に考える。
美琴の中に、新しい思いが芽吹いた。
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あともうちょっとで終われるかと…(← あてにならない ボソ)
美琴の足を先に入れた瑛佑は、湯加減を聞いてから全身を沈める。
トロリとした湯は肌を優しく包んでくれるようだった。
美琴を先に浸からせて、瑛佑も体を洗いに戻り、すぐに浴槽へとやってきた。
いくら手早くとはいっても、美琴に時間をかけたのは、体中にある打ち身を気遣ってのことだったのだろう。
瑛佑も湯に全身をひたすと、大きく息を吐き出して、入浴を堪能しているようだった。
湯船の中でも平然と美琴に近づき、腕を伸ばしてきては足の間に抱きしめようとする。
広い浴槽ではないのだから肌くらいぶつかるのは仕方がないとしても…。
人がいないところでの瑛佑の過剰なくらいのスキンシップはもう知っていることだった。
誰の目もなければ…と割り切って受け入れられるようになったとしても、ここは他人が出入りする場所。
いくら、『貸切』の状態であったとしても、落ち着くものではない。
身体の反応のこともあったし、ささやかな抵抗を試みるが、腕の力強さは敵わないものだとすでに承知している。
「ちゃんと温まってよ。美琴さん、ただでさえ、体温低いんだからさ」
それは代謝が悪い…と言いたいのだろうか。
瑛佑にくるまれている時の居心地の良さは、その体温も関係するのかと、少々考えてしまった。
背中を瑛佑の胸に預けて、手足をさすられた。
それからポツリ、瑛佑からしみじみとした声が漏れてくるのを耳にした。
「なんともなかった…とは言えないかもしれないけれど、これくらいで済んでくれてホント良かった…。ごめんね、俺がもっと美琴さんのこと、考えてやれれば未然に防げたかもしれないのに…」
最悪なことを考えたらキリがない。
どこまでが『良かった』の部類に入るのか分かりはしないが、瑛佑が言うように、今の結果が最良のことだったと思うことはできる。
美琴の自己判断から生まれた事態なのに、瑛佑が自身を責めていることには胸を痛めた。
逆に美琴を罵倒してくれたほうが、どれだけ反省できたことか…。
でも瑛佑は一緒に生きていこうとしてくれる。
どちらが…、何が…、といった責任を押し付けあうことはしない。
全ては『ふたりで選択した結果』であって、『誰が悪い』ではなないのだ。
甘やかされている…。それは美琴自身が一番良く感じていることでもあった。
これまでの人付き合いとは明らかに違う、深く深く入り込んでくる人。同じように自分を曝け出しても寄りかかれる精神的な逞しさを持った人。
「瑛佑…。そんなふうに言わないでください。あなたのおかげで救われたのですから。私のほうこそご迷惑をおかけして…」
「迷惑だなんて思っていないって何度言わせるの。美琴さんが生き生きしているところ見るの、俺は嬉しいんだって。だってさ、そういうの、たぶん、他の誰も知らないでしょ」
瑛佑にとっては、迷惑をかけられるというよりは、秘密を握れる優越感が勝っているようだった。
弱みを握る…、そんな下種な根性ではなく、本心から美琴のことを見ていたいと思われることは、美琴も恥ずかしさが湧いても面映ゆく感じられた。
わざとそんな言い方をしているのかもしれない。瑛佑なりの物事の進め方は、聞いていて嫌味ではなく、邪な思考を持たせなかった。
美琴は照れくささもあって俯き加減になる。
「…あなた…、だから、ですよ…」
誰も知らないことを瑛佑だから見せられる、美琴ですら、改めて思うことだった。
ドクンと、美琴の腰下で硬いものが跳ねた。
より密着した肌に、熱く当たるものに神経が集中してしまう。
「あ…」
「美琴さんて、さぁ…。煽るの、絶対上手いよね…」
瑛佑はため息混じりにつぶやくが、しんみりとした口調ではなかった。
自分が…ではない。もともとは瑛佑の物事の運び方だ。
そう強調したくなって、つい声が裏返る。
「だ、だから、それはあなただから…っ」
「そーゆーとこが。認められて図に乗らないわけがないでしょ。でさぁ、さっきの話だけど、携帯電話失くしたことも、怪我したことも報告しなくったって気付くのが社長なんだし、変に妄想されるくらいなら、こっちから明かしちゃった方がいいと思わない?」
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どっちにしろ、自分の失態はいつまでも隠しておけるものではないと美琴も承知している。
遅かれ早かれ…なのだが、瑛佑の何かを含んだ言い方は気を留めるものに値した。
「瑛佑?」
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事実、瑛佑は美琴のためにどれだけの体力と精神を疲労させたことか。
一睡もしていない瑛佑が、このまま腰を落ちつけて休みたいと思うのは当然のことでもある。
当然だが、今の美琴には瑛佑の代わりに運転することもできない。
ふざけた口調で語ってくれるが、その趣旨は充分すぎるほど理解できた。
つまり、"もう一泊していこう"というものだ。
日帰りのハイキングの予定は、『二泊三日』の日程に化けようとしていた。
反論するとは、瑛佑にこれ以上の無理をさせることになる、と思う美琴の心理をしっかり把握したうえでの『提案』だった。
さらに言えるのは、この地において美琴が持つ力関係を有意義に発揮できること。
まさに公私混同していると言わざるを得ないが、こちらも立場がバレた今となってはどこまでも付きまとってくるものになる。
それが『特別待遇』を受けた、事態に発展しなければいいが…と危惧するものの、『人間』としてありたい"プライベート"な時間だと認めてくれる人々と期待する。
瑛佑を守るためなら、嘘も方便、自分の持つ知識と権力を最大限に有効利用するだろう。
「まったく…」
美琴はあからさまにため息をついてみせたが、やはりこちらも本心ではない。
同時に承認したものと伝えてもいた。
「ありがとう、美琴さん…」
瑛佑の唇が満足したように弧を描いていた。
彼が喜んでくれるのであれば…。
"瑛佑よりも年上の自分は、瑛佑に何をしてあげて、何を残せるのだろう。"
先程脳内を過った思いに一つの答えが見えた気がした。
…一緒に生きていけばいい。お互いの吐息を感じあえばいい…。
分からない将来に脅えるのではなく、共に生きていくことを一番に考える。
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いつからか… 傍らの 笑顔の人
ずっと ずっと 見守って
いつまでも… 傍らに 温もりの人
そっと そっと 寄り添って
僕への想いと 君への想いと 触れ合いながら 共に 生きて行こう
相変わらずの駄詩です。ペコ┏○" スィマセン ○┓ペコペコ
ちっとも 上手くならないなぁ~
きえちん、 ヌル~イ目で 見て下さいな♪(((oノ∀≡;)ノ[苦笑;]ハハハハハ
ずっと ずっと 見守って
いつまでも… 傍らに 温もりの人
そっと そっと 寄り添って
僕への想いと 君への想いと 触れ合いながら 共に 生きて行こう
相変わらずの駄詩です。ペコ┏○" スィマセン ○┓ペコペコ
ちっとも 上手くならないなぁ~
きえちん、 ヌル~イ目で 見て下さいな♪(((oノ∀≡;)ノ[苦笑;]ハハハハハ
けいったん相変わらずお上手な詩です(;_;)
あ~私も寄り添える人欲しい(>_<)
なんか淋しくなってきた…。
あ~私も寄り添える人欲しい(>_<)
なんか淋しくなってきた…。
こちら、良いお天気になりそうな気配の朝です。
太陽、久し振りに見た(←)
朝のすがすがしい空気、深呼吸のきえちんです。
けいったんさま
またまた素敵詩、ありがとうございます。
いつかお披露目の機会を作ってあげたいです。
さえちゃん
淋しがらないで~。
みんながいるじゃないか。
みなさん、よい週末を過ごしてね~。
太陽、久し振りに見た(←)
朝のすがすがしい空気、深呼吸のきえちんです。
けいったんさま
またまた素敵詩、ありがとうございます。
いつかお披露目の機会を作ってあげたいです。
さえちゃん
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みんながいるじゃないか。
みなさん、よい週末を過ごしてね~。
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