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BLの丘
緑の中の吐息 24(最終話)
2013-06-25-Tue  CATEGORY: 吐息
鳥のさえずりが耳に届いた。
それから、庭を人が歩く足音だろうか。
雨戸をぴったりと閉めていたために、朝であっても陽の光はほとんど入ってきていない。
美琴の目が覚めるのとほぼ同時に瑛佑も瞼をあげた。

「もう…?」
「まだ早いと思いますが…。すみません、起こしてしまいましたか」
「いや、いいけど…」
いつものごとく瑛佑の腕にすっぽりと包まれていた美琴が、時間を確かめようと身を捩れば、行動の意味を知る瑛佑の方が先に、枕元の腕時計を手にする。
やはり外で動く人の物音は瑛佑にも聞こえたようだ。
騒音もなく、静か過ぎて、些細な音でさえ、響いてくる。
溢れる音に囲まれて暮らしてる日常とは打って変わって、無音に近いここは別世界だ。
「5時かぁ…。おじさんたち、もう働きだしちゃったのかなぁ」
隣が母屋なので、彼らが発する物音だろうと想像するしかない。
だからといってゴロゴロしている気にもなれず、すっぱりと起きることにした。
"早起きは三文の徳"という言葉が浮かんだこともあったが…。
昨日山頂で見られた幻想的な光景も瞼の裏に焼き付いている。

そして雨戸を開けて、この地に辿りついてから初めて太陽を拝んだ。
外は梅雨の合間の晴れというべき、晴天である。
あまりにも眩しい光りに、瑛佑と二人で「うわっ」と思わず叫んでしまったくらいだ。
二人の姿に、庭にいた主と女将が揃ってこちらを向く。
「おはようございます。もうお目覚めですか?」
女将が爽やかな笑顔で朝の挨拶をしてきた。
オヤジは麦わら帽子に作業着、地下足袋の姿で、女将も顔全体を覆うようなピンク色のタオルと帽子をかぶっている。
二人揃ってどこかに出かけるようだ。
この地の人たちにとって、朝の5時は、決して早い時間帯ではないのだろう。
もう仕事なのだろうかと思うと、寝ぼけていた頭も一気に醒めた。
太陽の光を浴びたことと、まだヒンヤリとした空気が体の覚醒を促してくれた。
雑草ですら、滴を湛えて濃い緑色に光り輝いて見えるのだから不思議だ。

朝食を作ってくれることになっているのに、出かけるとは考えにくい。
このふたりはどこに向かおうとしているのか、それは単なる疑問でしかなかったのだが。
同じように興味を持ったのは瑛佑で、トラックに歩み寄っていく主に話しかけていた。
「おじさんっ、おじさんっ、どっか行くの?」
相手も気さくに答えてくれる。その態度は仕事ではないと告げてくるようでもあった。
「朝飯用の野菜を取りに行くんだ。すぐそこだけどな」
歩いて行ってもいいけれど、帰りの荷物のことを思うと車を動かすらしい。
今から食べるものを、今から採りに行くとは、想像もしていなかった。
前夜から仕込み…というものは存在しないのだろうか、と首を傾げたい美琴だが、瑛佑は『採りたて野菜』にしっかり食いついていた。
「行きたい」とわめいては、快く引き受けてくれる主の人柄の良さに、すぐに着替えに走って、トラックの荷台に乗り込もうとしている。
もちろん美琴もそれに付き合わされていたが…。

「瑛佑っ、荷台は乗車禁止ですっ」
「そんな硬いこと言わなくったって…」
「このへんは私有地だから誰も来(こ)んよ。うちの犬もいつも乗っとる」
平然と言い返されては、そういう意味ではなくて…とそれ以上つっこむ気も失ってしまった。

農具と瑛佑を荷台に連れて、美琴も一緒にされた。
走り出してから気付いたことがあった。
屋敷の裏手に田畑が広がっているのだが、道幅が狭くても道路は何本か走っている。
道ごとに区切られているところをみると、この一帯が、どこかの誰かの畑であるらしい。
『私有地』とは、この集落一帯のことを表し、どこの家の人間に言わせてもきっと『私有地』扱いだ。
それだけ隣近所との付き合いに信頼をおいて、情の深いものが結び付けているのだと悟ることができた。
ガーガーうなる軽トラックでわずか2、3分のところのあぜ道で車は停まった。

晴れて良かったね

瑛佑はピョイっと飛び降りたが、美琴は邪魔になってしまうのではないかと、降りることを躊躇ってしまう。
すかさず女将が、野菜を入れるために持ってきたカゴを、ひっくり返しに畑の隅において、椅子代わりに使っていればいいと地面に降りることを薦めてくれた。
土に近づいたそれだけなのに、自然の中に放り出された感覚に浸れるのだから不思議だった。
どこかに出荷するのか、一面に同じ野菜が植えられた畑もあれば、更に区画を作って様々なものを育てている畑もある。
こちらの家は後者のようで、少し移動しては色々な種類の野菜が手にとれるようになっていた。
それでも作っている量は、『家庭菜園』の域を越えている。
まだ気温が上がりきらない朝方、通り抜ける風の心地よさと、みずみずしい野菜を目の前に、心が浄化されていく気分になれた。
瑛佑は美琴の存在を気にかけたようだが、美琴が好きに動いていいと微笑めば、おじさんの背中にくっついていった。
静かな畑の中に、瑛佑の興奮した声が響いてきて、それもまた微笑ましい光景だった。
コンクリートの塊の中で暮らす自分たちにとって、何もかもが興味の対象として視界に入ってくる。
美琴の周りで移動しながら、何やら葉っぱを引っこ抜いては、その辺にポイ・⌒ヾ( ゚⊿゚)ポイッと投げている女将がいて、美琴は「間引きですか?」と語りかけてみた。
女将はケラケラと笑い飛ばしてくれた。
「まさか。雑草だよ。雨が降っておてんとうさまに当たって、肥しも撒いてあるから栄養抜群ですぐに育っちゃうんだ」
その栄養は、野菜の方に吸い上げてもらいたいものだと…。
美琴もクスクス笑いながら、身近な範囲に手を伸ばしてみた。
草むしりくらいなら、そう移動するわけではないのでできるかも…と思ったのは手持無沙汰だったからだ。
雨上がりの朝、草木は天の恵みをいただきみずみずしく、生命力を肌で感じた。

「美琴さ―ん、見て見てっ。こんなにいっぱいっ」
湿る土のせいもあったが、瑛佑はすでに泥んこ遊びをした子供と同じ状態になっていた。
だが、上がるはしゃいだ声は興奮と感動をごちゃ混ぜにしており、楽しんでいるのが良く分かる。
しっかりとした部分を持ちながら、まだ童心を忘れない姿は見ていて飽きないし、手をかけてやりたいとも思わせてくれる。
放っておけない…とは図々しい意見だろうか。
美琴のそばに寄ってはしゃがんで、自分の収穫ぶりを披露してくれた。
遠くでおじさんが「好きな野菜、持って帰れ~」と笑っていた。
女将も並んで成り具合を見ているようだ。
微笑ましい光景は、つい最近も見たと脳裏をよぎっていく。

瑛佑がそちらに大きく手を振ることで返事をして、また美琴に向き直った。
「美琴さん、年取って、俺たちもあんなふうにいられたらいいね」
参考としたい"夫婦"を目の当たりにして、長年連れ添うことの憧れを抱いた。
同じようなセリフは先日も聞いたと振り返った。
山を登っていたときに出会った夫婦を思い出す。
大切な人と同じ時間を共有し、噛みしめる感動を分かち合えるとは、どれだけ素晴らしいことだろう。
「そう…ですね…」
「老後はこうやって、自給自足でのんびり暮らすのもいいかもよ」
引っ越してこようか…とはもちろん冗談だが。
どこまで本気か…。でも体験して味わっている、地球と一緒に生きていく、自然に任せた暮らしを見られた良い機会だった。
「老後…って…。なんだか瑛佑に介護してもらっていそうですね」
こちらも冗談を交えて返したが、瑛佑にはいたって真面目な話に聞こえたようだ。
「もちろん、してあげるって。今回は予行練習ってことで」
ふと想像してしまった未来。
瑛佑の背中に背負われている姿が、何年経っても変わらなかったらいいな…と強く思ってしまう。
思い浮かべたことはお互い似たりよったりだったのか、どちらからともなく笑い声が漏れた。

「美琴さん、ずっとそばにいるから…」
小さく囁いた瑛佑の唇が、美琴の唇を掠めていく。
一瞬のことで何が起こったのか分からなかった美琴だったが、人目もあるこの場所で行われたことに、一気に体が火照った。
涼しいはずの朝の空気が熱に包まれたと思うのは、太陽が注ぐからだろうか。
「えいすけっ!!!」
悪態をつきたくても咄嗟に言葉も浮かんでこない。
そんな美琴の体をすっぽりと包んで、「絶対離さないよ」と笑いながら、でも真面目に宣誓された。
羞恥があっても声と体を感じれば心が満たされていく。
潤いを与えられたこの緑たちのように…。

自分たちは成長し続け『歩いて』いくのだと、深い緑の中でお互いの存在を確かめ合った。

―完―

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最後ちょっと長くなってしまいましたが、どうにか押し込んでの完結です。
(もう一話増えるかと思って内心ビクビクしていました…。えち、端折ったし…)
終われて良かった~ ヽ(^◇^*)/ ワーイ
…って読者様、いかがだったでしょうか。
あと、パソコンから見られる方は気付かれたかしら。
写真を何枚か載せたのですが、カーソルを当てると、それぞれ一言出たのです。
1話 エサやりでもしとく? 2話 一緒に散歩しにいく? 3話 歩きだしてみる? 15話 そろそろ帰ろうか 16話 気をつけて歩こう 24話 晴れて良かったね
滝の写真は何もありませんでした。

アンケート貼って 瑛佑&美琴のらぶらぶデート編 って出てきて焦りました。
いつも邪魔されているので陽の目を見させてあげたかったんですかね~。
ふたりで出かけたらどうなるんだろう、と妄想していたらこんな結果に辿りついた私の思考でした。
単純?! 短絡?! 単細胞…。
千城も出てくるかと匂わせて、影だけで終わったので、『遠足シリーズ』も考えているところです(期待薄)
それはそれで人数多くてまた大変なんですけれどね…逃亡ε=┏(; ̄▽ ̄)┛
とにもかくにもお付き合い、ありがとうございました。
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コメント

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コメントnichika | URL | 2013-06-25-Tue 07:25 [編集]
おはようございます! てっきりフォットに付けたタイトルと思ってました
遊び心だったのですね~~みんなぇえ!!!でしゅうか(笑)
みなさま こんにちは♪
コメントきえ | URL | 2013-06-25-Tue 09:49 [編集]
本日はこちらもお天気は良さそうです。
あとがきじみたものをここで書くなと言われそうですが…。

朝の涼しい時間の空気っていうのは、ここ最近、よく巡り合っています。
凛としてて気持ちいいんですよ。
それは表現できなかった、書けなかった不足感はありますけれど。
太陽が高くなると、朝の涼しさが幻だったかのように暑くなっちゃってね…。

拍手コメk様
> ああ、楽しかった。美琴ちゃん、堪能できました。ありがとうございました。私的には曲がったキュウリのポチに受けました。不思議がられますが、美琴の恋愛不器用がつぼにはまるんですよ。ありがとうございました。

いつも読んでくれてありがとうです。
写真撮影をお願いしたらこんなのを撮ってきたので私なりにいじくって作ってみました(^^ゞ
一部を切り取ってみると結構笑えますね。
そうですね~、美琴は恋愛に関しては不器用というか、自分を表現することに慣れていないというか…苦手なんでしょうね。
不器用は不器用なりに影で無駄な努力と足掻きをする…といった感じで(笑)
楽しんでもらえたようで良かったです。

にっちん こんにちは~
ハイ、遊び心でいろいろやっていました。
あとで気付いたのですが、携帯からは隠し文字は読めないのね(詳しくは知りませんが)
最近はスマホなどから読まれる方も多いと思って(私も無駄な努力をしてた)補足的に暴露しました。
なんでも適当に、かつ強引に話を進めていくきえちんなのです(`・ω・´)ノ
(写真もいい感じに引っ張り出して…)
見られたのかしら? ありがとうございました。

またね~。
お疲れ様でした(@^▽^@)
コメントけいったん | URL | 2013-06-25-Tue 13:26 [編集]
慎重で完璧主義で ツンデレな美琴には、大胆で快活で 全て笑って受け止めてくれる瑛佑は、最高の組み合わせの恋人ですね。

今回の作品で、いつも美琴x瑛佑CPが アンケ上位なのが分かった気がします!

写真に一言があったのは、全然 気づきませんでした.。
後で 遡って ゆっくり見させて頂きますね~

きえちんは今頃 無事に最終回を書き終えて ホッとされてるかな?
6月29日の感謝祭まで ゆっくりしてね~♪
(´ ▽`).。o♪♪ ~ノンビリ

けいったんさま こんにちは
コメントきえ | URL | 2013-06-25-Tue 16:56 [編集]
知らず知らずのうちに 良いCPになってくれたふたりのようです。
当初、美琴に恋人(←つか、名前すらなかった野崎)を作る予定なんてこれっぽっちもなかったのに…。
どちらかといえば読者様に育ててもらったキャラですね。

無理矢理話を繋げて、いかにも『当初からの設定がありました』みたいに読ませる自分が時々怖いです(笑)
うちのスピンオフ、キリないもんね~…。

感謝祭、もうすぐですね。
予想外に美琴たちが長くなったから、休憩時間が減ってしまったわ。
おもてなしの準備もさせていただこうと思います。
是非遊びにきてね~。
コメントありがとうございました。
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