香春は津屋崎家の玄関で待っていた。
気が許せるのは"自宅"だろうと気遣った鞍手家の親はすでにいない。
本当は宴会のごとく、騒ぎたい気持ちがあったのだろうが、試合に負けてしまった状況は騒げるはずもなく、家族で静かに過ごしたいだろうと配慮された。香春はそこに強引に居座っていた。
いつ帰ってくるのだろうか…。
『すぐ』と嘉穂は言った。学校からここまで、香春の歩幅だって歩いたら数十分なんてしない。
やっぱり…、迎えに行った方が良かったのではないかと夕焼け空に目を向ける。
雨はもう、やんでいた。
もうすぐ日が暮れそうな暗闇がせまっていた。
…事故になんか、あわないよね…?
ふと脳裏を過ったのは、津屋崎家の両親のことだった。
帰ってくるはずの人は、二度と目を開けず、冷たいまま横たわっていた…。
熱い肌を思い出す。嘉穂がどれだけ香春を求めてくれたのか、甦ることだけで体が震えた。あの匂いと肉質を失うことなど考えられない。絶対にあり得ない。
グランドで嘉穂はくちづけてくれた。
まさか、最後のあいさつ…?
想いはとげたとでも言うかのように…。
負けた感情から、変な考えだけは起こしてほしくない。自殺なんてしないよねっ?
『待ってて』
そう嘉穂は言った。
待っているよっ、待っているから、早く帰ってきてっ!!
思わず玄関を飛び出せば、帰宅した穂波の胸とぶつかった。穂波は"営業"があったために、試合結果は知らないのだろうか。
「…っとぉ…。香春、何、急いでるの?」
呑気な声がこのときばかりはじれったかった。
「嘉穂くんがっ、…嘉穂くんが帰ってこないのっ」
「嘉穂? あいつならそこのカドでだれかと話してたけど…」
穂波はすぐそばにいると伝えてきた。そこにいるのか。なのに帰ってこない…。自分より優先された存在が憎い。
嫉妬心で夢中で走りだした。
すぐ帰る、って嘉穂は言ったのに…っ。香春より他人を優先するのか…っ。
どこで油を売っているのだと、覚えたての言葉が脳裏を駆け抜けた。
悔しさと妬みが、お疲れ様、と労ってやろうという感情を押しのけてしまった。
見つめた先には、穂波の言ったとおり、嘉穂と…八女の姿があった。隣に、柳川の姿も…。
「嘉穂っくんっ!!」
勢いよく叫びよると、ハッとしたように、三人の目が向いた。
なんで、こんなところで内緒話をしているのだろう…。
家まですぐそこなのにっ。
「香春…」
嘉穂が香春の脅えの声をかき消すかのように、近寄った香春を抱きしめてくれた。戸惑いも憂いもない、学校とは違う姿に、香春の方が瞠目した。こんなスキンシップは学友を前にしてされたことなどなかった。
更衣室で着替えたのだろう。洗いたての衣類の匂いと、汗をかいた嘉穂の独特の香りが鼻孔を掠めた。それと一緒に、「遅くなった…。ごめん…。香春しかいらないから」と呟かれた。
呟く、とは違う、はっきりとした言葉は、その場の人間に言い聞かせるもの。
視線を注ぐ二人を見返したら、悔しそうに顔をゆがめる八女がいて、それと共に柳川が「見るな…」とでも言うように、その視界を胸にしまいこんでいた。
嘉穂はまだいいたりなかったことがあったと言うように口を開く。こんな非情な姿は見たことがないと香春が思ったほどだ。優しいけれど、冷たい。
「俺はジョウと友達でいたい…。それがダメだったら、もう話さなくてもいい…」
決別を告げる。
全てを切り離すことに躊躇いはないのだろうか。友達を失うとか…。香春の方が心配してしまったくらいだ。
八女に対して恋愛感情を持ち込むなと伝えている。確かに嬉しいけれど。
友人関係を壊してもいいと、嘉穂になにかにビクつくものは見られなかった。ただ、香春だけを抱き締めてくれる。まるでどんな苦境からも掬いあげてくれるように。
強い…。強いチカラが漂う。
柳川がやはり囁くように「もう、諦めろ」と呟いたのを聞いた。泣いた八女はそばで支えてくれる人に頼るのだろうか。
一人のライバルが消えていく…。目に見えない安堵だったのかもしれない。
嘉穂には誰も近づいてほしくない。
「嘉穂~っ、香春ぁ?」
呑気な声が響いた。穂波が、帰ってこいと探しに来たようだ。
声に反応して全員がそちらに目を向けた。
状況を見て、悟るのが早いのは、兄と弟を見てきたからだろうか。
「なに、邪魔? 兄貴には…」
「ほらくんっ、嘉穂くんっ、シュート決めてすごいねってはなしててっ」
香春はすぐに叫んでいた。
筑穂にする言い訳ぐらい、簡単に思いつくといった風情があった。でも去ってほしくない。
このときばかりは今すぐにでも嘉穂と一緒に連れ去ってほしいと"兄"に頼った。
穂波はこの場の関係を読みといてくれていたのか。
兄の登場にタジタジッとなったのは八女と柳川だ。
福智のような面倒見の良さとは違うオーラがある。
穂波はフッと笑って柳川と八女から香春たちを切り離した。全てを知った態度に、言葉のひとつひとつが染みていく。
「自慢話ならうちで聞く。香春、来いよ」
香春を呼ぶことは家族の中にいていいということ。たった一人が呼ばれた。
そして嘉穂が反論する。
「なんでほらくんが香春を呼ぶんだよっ。香春は俺のモンだってっ」
その言葉がどれだけ深く響いたのか…。
待っていたよ。待っていたからね。
嘉穂の特別になれる時を…。
香春はまた泣きながら嘉穂に抱きついた。
嘉穂は包み込んでくれる。
背後で穂波が、二人の邪魔をするな、と友人を追い払ってくれていた。
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すみません… 最終回にするつもりがギリギリまで粘っても私の行きつくところにおよばず 諦めました。
もっとなんつーか、深く(なくてもいいけど) 学生 というものを書きたかったけど難しい…。
更新ないのも失礼かと思いまして、これだけup しますね
次回こそは 最終回←力まなくてもいいかなぁ。
気が許せるのは"自宅"だろうと気遣った鞍手家の親はすでにいない。
本当は宴会のごとく、騒ぎたい気持ちがあったのだろうが、試合に負けてしまった状況は騒げるはずもなく、家族で静かに過ごしたいだろうと配慮された。香春はそこに強引に居座っていた。
いつ帰ってくるのだろうか…。
『すぐ』と嘉穂は言った。学校からここまで、香春の歩幅だって歩いたら数十分なんてしない。
やっぱり…、迎えに行った方が良かったのではないかと夕焼け空に目を向ける。
雨はもう、やんでいた。
もうすぐ日が暮れそうな暗闇がせまっていた。
…事故になんか、あわないよね…?
ふと脳裏を過ったのは、津屋崎家の両親のことだった。
帰ってくるはずの人は、二度と目を開けず、冷たいまま横たわっていた…。
熱い肌を思い出す。嘉穂がどれだけ香春を求めてくれたのか、甦ることだけで体が震えた。あの匂いと肉質を失うことなど考えられない。絶対にあり得ない。
グランドで嘉穂はくちづけてくれた。
まさか、最後のあいさつ…?
想いはとげたとでも言うかのように…。
負けた感情から、変な考えだけは起こしてほしくない。自殺なんてしないよねっ?
『待ってて』
そう嘉穂は言った。
待っているよっ、待っているから、早く帰ってきてっ!!
思わず玄関を飛び出せば、帰宅した穂波の胸とぶつかった。穂波は"営業"があったために、試合結果は知らないのだろうか。
「…っとぉ…。香春、何、急いでるの?」
呑気な声がこのときばかりはじれったかった。
「嘉穂くんがっ、…嘉穂くんが帰ってこないのっ」
「嘉穂? あいつならそこのカドでだれかと話してたけど…」
穂波はすぐそばにいると伝えてきた。そこにいるのか。なのに帰ってこない…。自分より優先された存在が憎い。
嫉妬心で夢中で走りだした。
すぐ帰る、って嘉穂は言ったのに…っ。香春より他人を優先するのか…っ。
どこで油を売っているのだと、覚えたての言葉が脳裏を駆け抜けた。
悔しさと妬みが、お疲れ様、と労ってやろうという感情を押しのけてしまった。
見つめた先には、穂波の言ったとおり、嘉穂と…八女の姿があった。隣に、柳川の姿も…。
「嘉穂っくんっ!!」
勢いよく叫びよると、ハッとしたように、三人の目が向いた。
なんで、こんなところで内緒話をしているのだろう…。
家まですぐそこなのにっ。
「香春…」
嘉穂が香春の脅えの声をかき消すかのように、近寄った香春を抱きしめてくれた。戸惑いも憂いもない、学校とは違う姿に、香春の方が瞠目した。こんなスキンシップは学友を前にしてされたことなどなかった。
更衣室で着替えたのだろう。洗いたての衣類の匂いと、汗をかいた嘉穂の独特の香りが鼻孔を掠めた。それと一緒に、「遅くなった…。ごめん…。香春しかいらないから」と呟かれた。
呟く、とは違う、はっきりとした言葉は、その場の人間に言い聞かせるもの。
視線を注ぐ二人を見返したら、悔しそうに顔をゆがめる八女がいて、それと共に柳川が「見るな…」とでも言うように、その視界を胸にしまいこんでいた。
嘉穂はまだいいたりなかったことがあったと言うように口を開く。こんな非情な姿は見たことがないと香春が思ったほどだ。優しいけれど、冷たい。
「俺はジョウと友達でいたい…。それがダメだったら、もう話さなくてもいい…」
決別を告げる。
全てを切り離すことに躊躇いはないのだろうか。友達を失うとか…。香春の方が心配してしまったくらいだ。
八女に対して恋愛感情を持ち込むなと伝えている。確かに嬉しいけれど。
友人関係を壊してもいいと、嘉穂になにかにビクつくものは見られなかった。ただ、香春だけを抱き締めてくれる。まるでどんな苦境からも掬いあげてくれるように。
強い…。強いチカラが漂う。
柳川がやはり囁くように「もう、諦めろ」と呟いたのを聞いた。泣いた八女はそばで支えてくれる人に頼るのだろうか。
一人のライバルが消えていく…。目に見えない安堵だったのかもしれない。
嘉穂には誰も近づいてほしくない。
「嘉穂~っ、香春ぁ?」
呑気な声が響いた。穂波が、帰ってこいと探しに来たようだ。
声に反応して全員がそちらに目を向けた。
状況を見て、悟るのが早いのは、兄と弟を見てきたからだろうか。
「なに、邪魔? 兄貴には…」
「ほらくんっ、嘉穂くんっ、シュート決めてすごいねってはなしててっ」
香春はすぐに叫んでいた。
筑穂にする言い訳ぐらい、簡単に思いつくといった風情があった。でも去ってほしくない。
このときばかりは今すぐにでも嘉穂と一緒に連れ去ってほしいと"兄"に頼った。
穂波はこの場の関係を読みといてくれていたのか。
兄の登場にタジタジッとなったのは八女と柳川だ。
福智のような面倒見の良さとは違うオーラがある。
穂波はフッと笑って柳川と八女から香春たちを切り離した。全てを知った態度に、言葉のひとつひとつが染みていく。
「自慢話ならうちで聞く。香春、来いよ」
香春を呼ぶことは家族の中にいていいということ。たった一人が呼ばれた。
そして嘉穂が反論する。
「なんでほらくんが香春を呼ぶんだよっ。香春は俺のモンだってっ」
その言葉がどれだけ深く響いたのか…。
待っていたよ。待っていたからね。
嘉穂の特別になれる時を…。
香春はまた泣きながら嘉穂に抱きついた。
嘉穂は包み込んでくれる。
背後で穂波が、二人の邪魔をするな、と友人を追い払ってくれていた。
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すみません… 最終回にするつもりがギリギリまで粘っても私の行きつくところにおよばず 諦めました。
もっとなんつーか、深く(なくてもいいけど) 学生 というものを書きたかったけど難しい…。
更新ないのも失礼かと思いまして、これだけup しますね
次回こそは 最終回←力まなくてもいいかなぁ。
おはようございます。
> あら!最終回だと思って読んでた(笑) まぁ 一回でも長い方が嬉しいけど\(^O^)/
最終回にならなかった…(^_^;)
どうしても自分で納得できなかったので延長です。
延びても嬉しいとおっしゃってもらえて、私も嬉しいです。
コメントありがとうございました。
> あら!最終回だと思って読んでた(笑) まぁ 一回でも長い方が嬉しいけど\(^O^)/
最終回にならなかった…(^_^;)
どうしても自分で納得できなかったので延長です。
延びても嬉しいとおっしゃってもらえて、私も嬉しいです。
コメントありがとうございました。
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