この作品は、【観潮楼】「夏―心を焦がす恋―」参加作品です。
公民館の中で、安里は次々と御酌をされていた。
寄ってくる村人はどれも知った顔だし、父親と同級生という人間からは幼い頃から自分の家の子と同じように怒られ褒められた。
この村にいたことで、人との繋がりを一層強く学んだ気がする。
どうしても淡白になりがちな都会の生活とは全く違っていた。
それを教育の場で活かしたいと思わせるのは、この村があってこそだと思う。
就職祝いだと銘打ってわざわざ宴会なんていうものを開いてくれるのも、この村の人柄なのだろう。
そこには祖母の存在も大きく影響している。
去年のように逃げてしまっても、何年先でも、同じように迎えてくれるであろう、村人を、安里は心から嬉しいと感じた。
「睦、おまえも世話になっているんだ。挨拶の一つもしろ」
一向に立ち上がろうともしない睦に痺れをきらした父親が、睦の肘を小突いた。
その途端、ドキッと安里の心臓が跳ね上がった。
安里が大学生になってから、何かと睦とつるんでいたことを村人はそれとなく知っている。
単純に勉強を教えていた、と思っているかどうかは疑問だが、二人で過ごす時間が多くなっていることは周知の事実だった。
やましい思いが安里の中にあるからなのか、緊張で思わず手が震えた。
改めて睦への想いに気付いてしまったあと、簡単に睦を拒絶したことが安里にとって許し難い行為だった。
それでも、『大学を辞める』とまで言い放った睦を、まっとうな道で生きさせるには、自分の存在は無い方がいいと何度も思う。
拒絶したのは自分だ…。
今更、睦に何かを求めるのは間違っている…。
安里はそう自分に言い聞かせてきた。
睦は素直に腰を上げて安里の前に来た。
いつものように変わらない、『人前』で見せるさりげない態度。
一年会わないだけでも、自分とは違ってどんどん成長していく子のような感じがする。
「あさちゃん、元気だった?」
まるで他人のような口のきき方に安里の心はどんどんと締めつけられていった。
かつての全てを闇に葬ってしまったかのようだ…。
自分なんかよりもずっと、ずっと先を行く、この男…。
年齢とか、立場とか、そんなものはどうでもいいと思えたら…と安里は幾度思っただろう。
「ん…」
グラスにビールを注いでもらいながら、返事とは言えないような小さな声を漏らす。
震える指先に、睦の手が当てられた。
こぼさないように…と周りには見られるのだろうが、彼の手の熱を知っている安里は激しい動揺を覚えた。
…この手にもう一度触れられたい…。
そう思ってしまう自分を浅ましいと思う。
人間として、当然求める『欲』なのだろうが、教育者として『誘う』ようなことはイケナイと頭が働く。
葛藤の中、睦とどんな会話をしたのかも、時間が経った後の安里は記憶がなかった。
覚えているのは『指先』だけだ。
あの温もり、あの熱、あの想い…。
触れた先だけで、今でも睦の想いがどこにあるのかを感じた。
…溺れてもいいのだろうか、この手に…。
なら様より「夏―心を焦がす恋―」をお借りしてきました。
無断転写はご遠慮ください。
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公民館の中で、安里は次々と御酌をされていた。
寄ってくる村人はどれも知った顔だし、父親と同級生という人間からは幼い頃から自分の家の子と同じように怒られ褒められた。
この村にいたことで、人との繋がりを一層強く学んだ気がする。
どうしても淡白になりがちな都会の生活とは全く違っていた。
それを教育の場で活かしたいと思わせるのは、この村があってこそだと思う。
就職祝いだと銘打ってわざわざ宴会なんていうものを開いてくれるのも、この村の人柄なのだろう。
そこには祖母の存在も大きく影響している。
去年のように逃げてしまっても、何年先でも、同じように迎えてくれるであろう、村人を、安里は心から嬉しいと感じた。
「睦、おまえも世話になっているんだ。挨拶の一つもしろ」
一向に立ち上がろうともしない睦に痺れをきらした父親が、睦の肘を小突いた。
その途端、ドキッと安里の心臓が跳ね上がった。
安里が大学生になってから、何かと睦とつるんでいたことを村人はそれとなく知っている。
単純に勉強を教えていた、と思っているかどうかは疑問だが、二人で過ごす時間が多くなっていることは周知の事実だった。
やましい思いが安里の中にあるからなのか、緊張で思わず手が震えた。
改めて睦への想いに気付いてしまったあと、簡単に睦を拒絶したことが安里にとって許し難い行為だった。
それでも、『大学を辞める』とまで言い放った睦を、まっとうな道で生きさせるには、自分の存在は無い方がいいと何度も思う。
拒絶したのは自分だ…。
今更、睦に何かを求めるのは間違っている…。
安里はそう自分に言い聞かせてきた。
睦は素直に腰を上げて安里の前に来た。
いつものように変わらない、『人前』で見せるさりげない態度。
一年会わないだけでも、自分とは違ってどんどん成長していく子のような感じがする。
「あさちゃん、元気だった?」
まるで他人のような口のきき方に安里の心はどんどんと締めつけられていった。
かつての全てを闇に葬ってしまったかのようだ…。
自分なんかよりもずっと、ずっと先を行く、この男…。
年齢とか、立場とか、そんなものはどうでもいいと思えたら…と安里は幾度思っただろう。
「ん…」
グラスにビールを注いでもらいながら、返事とは言えないような小さな声を漏らす。
震える指先に、睦の手が当てられた。
こぼさないように…と周りには見られるのだろうが、彼の手の熱を知っている安里は激しい動揺を覚えた。
…この手にもう一度触れられたい…。
そう思ってしまう自分を浅ましいと思う。
人間として、当然求める『欲』なのだろうが、教育者として『誘う』ようなことはイケナイと頭が働く。
葛藤の中、睦とどんな会話をしたのかも、時間が経った後の安里は記憶がなかった。
覚えているのは『指先』だけだ。
あの温もり、あの熱、あの想い…。
触れた先だけで、今でも睦の想いがどこにあるのかを感じた。
…溺れてもいいのだろうか、この手に…。
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