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BLの丘
見下ろせる場所 15
2011-07-12-Tue  CATEGORY: 見下ろせる場所
仕事の時間にそわそわとすることが新鮮だった。締まりのない笑顔を無駄に撒いていそうで幾度も気を引き締めた。
朝からチェックアウトの客の数の多さに追われる。
満室と言っただけあって、去っていく人間の数もとても多いものだ。朝早くからの退室の客と、のんびりと昼近くまで過ごす客。思い思いに過ごす時間にもちろん文句などつけられるはずがなく…。
しかし、皆野の退勤時間の昼を前にすれば、連泊を希望した客以外の全てが去っていた。

朝の時間にホテルを出ていく岩槻を見かけたが、フロントで特に話をすることもなかった。
仕事の最終確認を行っていると慎弥がひょこっと顔を出してきた。
「もうすぐ終わる?」
「はい。終わりましたらお部屋まで伺おうと思っておりましたが」
皆野の返答に隣にいた同僚がピクリと反応を示した。昨日に続き今日のこの後も客に付き合うとは思ってもいなかったはずだ。その驚きは充分なほど理解できる。
「お掃除のおばちゃんも来るから。俺いると邪魔になっちゃうでしょ」
歯に衣着せぬ物言いが相変わらずで、少々ホッとしていたりする。本人に向けては聞かせられない台詞が混じってはいるが、そんなところも自然な口調に聞こえた。
清掃などは時間をずらせば済むことで、室内に残る人間がいるのに押しかけるような無粋な真似はしない。
ただ、慎弥なりの口実なのだと感じ取れたから、あえて口に出すことはしなかった。
「ロビーでお休みになられますか?何かお飲物を用意させますが」
「う…ん、…オレンジジュース…」
「畏まりました。では掛けてお待ちください」
笑顔で慎弥を促し去らせると、途端に小声で囁きかけられる。

「おまぇ…、何考えてんの…」
「何って別に…。時間の有効活用?」
「はぁぁぁ…」
誰に問うのか、という疑問形で答えれば、あからさまな溜め息。これには苦笑も漏れてしまうというものだ。
「揉め事起こす時は外でやってくれよ」
「分かってるよ」
同僚の言う『揉め事』は、昨夜のような兄弟喧嘩だけに留まらず、自分たちの『プライベート』な意味まで含まれている。
人間関係の愛憎劇など人に見せて気持ちのいいものではないし、ましてや職場で披露するほど酔狂でもない。
『時間の有効活用』と軽口をたたいたのも、同僚には心配の種になっておかしくなかった。
だけど、今、周りの人間に教える情報など、この程度でいいと皆野は思ってしまう。
あまりの急展開は、余計に興味を持たれてしまうだけだ。

昼食の時間にようやく仕事を終えた皆野は、慎弥を連れて車に乗り込んだ。
「ねぇねぇ、昨日のお店にもう一回行きたい」
「昨日のお店?」
まずは食事かな…と話を切りだした皆野に、慎弥が希望を伝えてくる。
助手席に座りこんだ慎弥は、控え目な態度を時々見せるものの、皆野と二人という空間に安心したのか、正直に接してくる。
皆野がこれといって反論する態度に出ないのも落ち着かせている要因なのだろうか。
ホテル内では堅苦しいほどの『接客』でいた皆野だが、一歩出てしまえば多少の気安さも生まれた。
「夕ご飯食べに行ったじゃない」
「あぁ、羽生のところか…。でもちょっと時間かかりますよ」
「うん、いいよ。返って空くんじゃないの?」
「確かに…。でも気に入っていただけたとは…ね…」
「サービスは良いし料理は美味しいし。あーゆーお店って居て落ち着くよね」
岩槻家の人間ともなればそれなりに高級な店に足を運ぶ機会の方が多いだろうに。そんな中で好評を得られたことは皆野にとっても喜ばしいことだった。
「羽生に伝えておきましょう」
「あの手の料理が食べられるところで、家族で行くところって妙に片肘張るところが多くて…。人目も気になるからあまり落ち着かないんだ。何て言うんだろう…。安心して『食べられる』っていう感じがした」
「そうですか…」
家族の手前…という緊張感もあるのかもしれない。
育ちの違いか、ざわついている店も苦手であるようだし、かといって正装しなければ入れないような店も嫌なのだろう。
羽生の店はコース料理をメインに扱い、少々値が張るにしても、敷居が高いわけでもなく気軽に入れる印象がある。昨日は夜も遅かったから余計に静かに感じたのだろうが、食材まで見極められた舌には皆野も感心した。
「うん。いいお店を教えてもらったよ。…あー、でも征司くんが行くにはカジュアルすぎちゃうのかな~」
「お友達とは?」
皆野が尋ねると僅かに表情が曇った気がした。ほんの僅かな変化だ。運転中の皆野もはっきりと見たわけではなく、一瞬の言葉の躊躇いに雰囲気を感じ取った程度だった。
「大学院の友達は…、研究室の近くで一人暮らししてる人も多いし…。半分趣味の世界っていうのもあって、バイトしてる人も結構いるし…」
バックグラウンドの違いは顕著に付き合いに表れているのだろうか。
学生という身分で慎弥の口に合う料理を出す店にはなかなか行けたものではないのだろう。
考えれば分かることをわざわざ慎弥の口から言わせてしまったことを、皆野は後悔した。
だけど慎弥にしてみれば「食べたい」のだという思いも伝わってくる。
「では私がお付き合いしましょう」
落ち込みかけた雰囲気を払拭するように、皆野は明るい声を上げた。


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コメント

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No title
コメントkai | URL | 2011-07-12-Tue 12:24 [編集]
いいとこの坊ちゃんやっていくのもいろいろと苦労があるんでしょうねぇ

そこはかとなく育ちの良さを感じさせられる子猫ちゃん
甘えん坊のボクちゃんを今日は
なにしてお慰めしましょうか
Re: No title
コメントきえ | URL | 2011-07-12-Tue 14:20 [編集]
kai様
こんにちは~。

> いいとこの坊ちゃんやっていくのもいろいろと苦労があるんでしょうねぇ

そう。いいとこのお坊ちゃんでしたね…。
いろいろと悩む点はあるのでしょう。
価値観の違いは、…えーと、お兄様仕込みだから…。

> そこはかとなく育ちの良さを感じさせられる子猫ちゃん
> 甘えん坊のボクちゃんを今日は
> なにしてお慰めしましょうか

皆野、何気に苦労が絶えなさそうですね~。
攻め君リッチは過去にも書いたことがあるのですが、子猫ちゃんは初のことで…(←大丈夫かなぁ…
えーとまぁ、そこは、愛情でカバーしてやるとか…ね。
それこそ温かい目で見守ってやってください。
コメントありがとうございました。
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