英人はどうしたら良いのか分からなくなっていた。
神戸が言うように、実力を付けて伸びて行きたい世界は確かにある。榛名には甘えるだけでなく自分の足で立ってもみたかった。
だけど榛名の愛を失うのは怖かった。これまで一度も浴びたことのない全身を覆う温かさが榛名にはあった。
母から愛してもらえなかった肉体と心を榛名は存分に愛してくれる。初めて英人を満足させてくれる存在から離れる勇気は持てそうにない。
潰される未来よりも今を味わいたかった。
英人が小さく首を振ると、神戸がまた溜め息をついた。
「別れろって言っているわけじゃない。ただ今の千城のやり方は間違っている。最近の英人君は自ら何かを考えたり想像したりした?千城の性格ならああしろこうしろって与えているだけなんじゃないの?そばに居る限りそれは続く。刺激を受けて脳をどんどんと活性化させなければいけない時なのに活力を失っているよ」
神戸の言うとおりだった。榛名のマンションに収まってから、英人はろくに考えることをしていない。日常の些細なことですら決定権を榛名が握り、ただ従うだけだった。
榛名は英人の嫌がることをすでに承知していたから、そういった行動を取ることもない。ぬるま湯の中にどっぷりと漬けられている状態だった。
すでにこれまでに神戸に見せてきた物と違ったものが出来上がっていると言いたげに、厳しい評価が下された。それが良いか悪いかは見る者によって変わるとはいっても、この世界で生きて行くことの厳しさを示している。きちんとした就職先を探した方が良いと言いたいのだろうか…。
「来月、撮影のために2週間ほどフランスに行く。その時に一緒に連れて行きたいんだけど、どう?撮影を見学するのでもいいし、街を散策するのでもいい。美術館や博物館、史跡を巡ることは損にはならないと思うよ。少しずつ周りを見て、やりたいことを探して、千城が用意した舞台に単に立つだけではなく進んでごらん」
2週間という期間が途方もなく長いような気がした。そんなに長いこと離れていたら榛名に忘れられてしまうのではないかと思った。
だけど惹かれるものがあるのも事実だ。画面や紙面ではなく自分の目で実際に見ることのできる感動は言葉にできない。
かつてイタリアに行くことができた時の興奮が蘇ってくる。普段目にするものとは違った景色や歴史に触れるだけでも色々なことが頭を巡り、あの時間は確かに充実していた。
「考えておいて」と神戸はそれ以上榛名のことについて口を出してくることはなかった。
その日の夜、英人はずっと考えていた。いつも以上に黙りこくる姿に榛名が異変を感じるのはすぐで、昼間神戸に会っていたことを知っている榛名は、ダイニングテーブルで食事を摂っていた時こそ黙っていてくれたが、リビングのソファに移動すると口を開いた。
「神戸に何か言われたのか?」
ここでワインを片手に寛ぐのは日課のようなものだった。この時間で榛名は英人の一日の生活などを耳にしたりする。だからといって最近変わった出来事もありはしなかったけど。
今日は仕上がった絵を持っていったから、それについて何かを言われたと思ったらしい。
英人は神戸に言われた榛名との間のことは伏せても、フランス行きのことを話してもいいものかと思案していた。『海外』という見たことのない世界は英人を魅了した。
2週間と言わずに、1週間くらいで帰ってくるのはダメなのか…とか、榛名も一緒に行けないだろうかとか。仕事を無視させて自分の道楽に付き合わせるわけにいかないと百も承知していても、ふとそんな夢のようなことを想像してしまう。
榛名とは日常生活の延長のような外出しかしたことがなかったから、一緒にどこかに出かけられるということに憧れを抱いてしまった。
何かを言いたげなのに口を開こうとしない英人の態度は、榛名を不安にさせるようだ。今まで力強く英人を引っ張り上げるような傲慢さを湛えていたのに、想いを通じ合わせてからは何かが変わっていた。
榛名はひたすら英人が傷つかないようにと守りに入る。最大限まで英人を甘やかしていたし、それが神戸に言わせれば「良くないこと」で、英人を堕落の道に落としているのだと伝えてきた。榛名に逆らうことは逆に英人を不安にする。このまま嫌われたらどうしようと常に頭が働き、言われたとおりに従っていれば良いと思わせてきた。何よりも榛名に飽きられ捨てられることに脅えた。
「何を言われた?何を考えている?…おまえが一人で悩むことは良い結果を生まないといつも言っているだろう。正直に話してみろ」
榛名はワイングラスをテーブルの上に置き、諭すように言いながら英人を硬い胸へと引き寄せた。
この優しさに溺れてはいけないのだろうか…。もっとしっかりと自分の力で大地を踏みしめなくてはならないのだろうか。
今日はあまりにも色々なことを言われて、確かに自分の頭だけでは判断など下せないほどこんがらがっていた。
「明日まで待って…」
力なく答えれば、榛名は溜め息をついただけで、英人の意思を尊重してくれた。
たった一晩考えたくらいでどんな結果も出せないと分かっていたが、少なくても選択肢はもっとたくさんありそうな気もした。
だけど結局、榛名は次の日に神戸から話を聞いてきた。
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神戸が言うように、実力を付けて伸びて行きたい世界は確かにある。榛名には甘えるだけでなく自分の足で立ってもみたかった。
だけど榛名の愛を失うのは怖かった。これまで一度も浴びたことのない全身を覆う温かさが榛名にはあった。
母から愛してもらえなかった肉体と心を榛名は存分に愛してくれる。初めて英人を満足させてくれる存在から離れる勇気は持てそうにない。
潰される未来よりも今を味わいたかった。
英人が小さく首を振ると、神戸がまた溜め息をついた。
「別れろって言っているわけじゃない。ただ今の千城のやり方は間違っている。最近の英人君は自ら何かを考えたり想像したりした?千城の性格ならああしろこうしろって与えているだけなんじゃないの?そばに居る限りそれは続く。刺激を受けて脳をどんどんと活性化させなければいけない時なのに活力を失っているよ」
神戸の言うとおりだった。榛名のマンションに収まってから、英人はろくに考えることをしていない。日常の些細なことですら決定権を榛名が握り、ただ従うだけだった。
榛名は英人の嫌がることをすでに承知していたから、そういった行動を取ることもない。ぬるま湯の中にどっぷりと漬けられている状態だった。
すでにこれまでに神戸に見せてきた物と違ったものが出来上がっていると言いたげに、厳しい評価が下された。それが良いか悪いかは見る者によって変わるとはいっても、この世界で生きて行くことの厳しさを示している。きちんとした就職先を探した方が良いと言いたいのだろうか…。
「来月、撮影のために2週間ほどフランスに行く。その時に一緒に連れて行きたいんだけど、どう?撮影を見学するのでもいいし、街を散策するのでもいい。美術館や博物館、史跡を巡ることは損にはならないと思うよ。少しずつ周りを見て、やりたいことを探して、千城が用意した舞台に単に立つだけではなく進んでごらん」
2週間という期間が途方もなく長いような気がした。そんなに長いこと離れていたら榛名に忘れられてしまうのではないかと思った。
だけど惹かれるものがあるのも事実だ。画面や紙面ではなく自分の目で実際に見ることのできる感動は言葉にできない。
かつてイタリアに行くことができた時の興奮が蘇ってくる。普段目にするものとは違った景色や歴史に触れるだけでも色々なことが頭を巡り、あの時間は確かに充実していた。
「考えておいて」と神戸はそれ以上榛名のことについて口を出してくることはなかった。
その日の夜、英人はずっと考えていた。いつも以上に黙りこくる姿に榛名が異変を感じるのはすぐで、昼間神戸に会っていたことを知っている榛名は、ダイニングテーブルで食事を摂っていた時こそ黙っていてくれたが、リビングのソファに移動すると口を開いた。
「神戸に何か言われたのか?」
ここでワインを片手に寛ぐのは日課のようなものだった。この時間で榛名は英人の一日の生活などを耳にしたりする。だからといって最近変わった出来事もありはしなかったけど。
今日は仕上がった絵を持っていったから、それについて何かを言われたと思ったらしい。
英人は神戸に言われた榛名との間のことは伏せても、フランス行きのことを話してもいいものかと思案していた。『海外』という見たことのない世界は英人を魅了した。
2週間と言わずに、1週間くらいで帰ってくるのはダメなのか…とか、榛名も一緒に行けないだろうかとか。仕事を無視させて自分の道楽に付き合わせるわけにいかないと百も承知していても、ふとそんな夢のようなことを想像してしまう。
榛名とは日常生活の延長のような外出しかしたことがなかったから、一緒にどこかに出かけられるということに憧れを抱いてしまった。
何かを言いたげなのに口を開こうとしない英人の態度は、榛名を不安にさせるようだ。今まで力強く英人を引っ張り上げるような傲慢さを湛えていたのに、想いを通じ合わせてからは何かが変わっていた。
榛名はひたすら英人が傷つかないようにと守りに入る。最大限まで英人を甘やかしていたし、それが神戸に言わせれば「良くないこと」で、英人を堕落の道に落としているのだと伝えてきた。榛名に逆らうことは逆に英人を不安にする。このまま嫌われたらどうしようと常に頭が働き、言われたとおりに従っていれば良いと思わせてきた。何よりも榛名に飽きられ捨てられることに脅えた。
「何を言われた?何を考えている?…おまえが一人で悩むことは良い結果を生まないといつも言っているだろう。正直に話してみろ」
榛名はワイングラスをテーブルの上に置き、諭すように言いながら英人を硬い胸へと引き寄せた。
この優しさに溺れてはいけないのだろうか…。もっとしっかりと自分の力で大地を踏みしめなくてはならないのだろうか。
今日はあまりにも色々なことを言われて、確かに自分の頭だけでは判断など下せないほどこんがらがっていた。
「明日まで待って…」
力なく答えれば、榛名は溜め息をついただけで、英人の意思を尊重してくれた。
たった一晩考えたくらいでどんな結果も出せないと分かっていたが、少なくても選択肢はもっとたくさんありそうな気もした。
だけど結局、榛名は次の日に神戸から話を聞いてきた。
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きえ | URL | 2009-10-25-Sun 15:05 [編集]
MO様
こんにちは。
拍手コメを残していただいたのに気付かずレスが遅くなり申し訳ございませんでした。
>ゆっくり悩んで、試練も乗り越え、お互いが成長できると良いですね。
英人も千城も、お互いを思いやる心って初めてなんですよね(この年で初恋なの?!)
周りからもらう影響って大きいはずです。でも理解してくれると思います。
二人とも色々なことを吸収して、納得して幸せな道を歩めるようにがんばります。
コメントありがとうございました。
こんにちは。
拍手コメを残していただいたのに気付かずレスが遅くなり申し訳ございませんでした。
>ゆっくり悩んで、試練も乗り越え、お互いが成長できると良いですね。
英人も千城も、お互いを思いやる心って初めてなんですよね(この年で初恋なの?!)
周りからもらう影響って大きいはずです。でも理解してくれると思います。
二人とも色々なことを吸収して、納得して幸せな道を歩めるようにがんばります。
コメントありがとうございました。
英人君が臆病になってしまうのはよく分かります。
やっと手に入れた幸せを逃がしたくないですよね。
『母から愛してもらえなかった肉体と心を榛名は存分に愛してくれる。』
という奇跡のような幸せが、もろく儚いもののように思えて、
それが英人の今の迷う心の根源ではないのかなと感じました。
そうだ、コメ忘れてましたが、65話のえちしーん、とてもよかったですよ。
千城の思いやり溢れる執着みたいなものが感じられてすてきです。
やっと手に入れた幸せを逃がしたくないですよね。
『母から愛してもらえなかった肉体と心を榛名は存分に愛してくれる。』
という奇跡のような幸せが、もろく儚いもののように思えて、
それが英人の今の迷う心の根源ではないのかなと感じました。
そうだ、コメ忘れてましたが、65話のえちしーん、とてもよかったですよ。
千城の思いやり溢れる執着みたいなものが感じられてすてきです。
甲斐様
おはようございます。
レス遅くなりました。
今日も寒い我が家です。甲斐様はお体大丈夫ですか?
> 英人君が臆病になってしまうのはよく分かります。
> やっと手に入れた幸せを逃がしたくないですよね。
本来親から教えられるべき愛情を知らない英人は、千城がどれほど英人を甘やかしているのか区別することができません。
これまで厳しい世界だったから余計にこのぬるま湯が気持ちいいのでしょう。
千城も抱きしめてもらえるような愛情をもらっていないから、その淋しさが分かるだけに英人に甘くしすぎるみたいです。
> そうだ、コメ忘れてましたが、65話のえちしーん、とてもよかったですよ。
あ、ありがとうございます(恐縮)
あれはもう、書けなくて、とりあえずえちで繋げておこうか…くらいないい加減なしーんだったんです(冷汗)
改めて褒めていただくと、何を書いたのかと読み返しますね…(はじゅかしい…(////))
コメントありがとうございました。
おはようございます。
レス遅くなりました。
今日も寒い我が家です。甲斐様はお体大丈夫ですか?
> 英人君が臆病になってしまうのはよく分かります。
> やっと手に入れた幸せを逃がしたくないですよね。
本来親から教えられるべき愛情を知らない英人は、千城がどれほど英人を甘やかしているのか区別することができません。
これまで厳しい世界だったから余計にこのぬるま湯が気持ちいいのでしょう。
千城も抱きしめてもらえるような愛情をもらっていないから、その淋しさが分かるだけに英人に甘くしすぎるみたいです。
> そうだ、コメ忘れてましたが、65話のえちしーん、とてもよかったですよ。
あ、ありがとうございます(恐縮)
あれはもう、書けなくて、とりあえずえちで繋げておこうか…くらいないい加減なしーんだったんです(冷汗)
改めて褒めていただくと、何を書いたのかと読み返しますね…(はじゅかしい…(////))
コメントありがとうございました。
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