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BLの丘
淋しい夜の果て 2
2009-12-01-Tue  CATEGORY: 淋しい夜
たとえどれだけ強気な発言をしようが、ほどほどに控えてくれるのは千城なりの優しさなのだろうか。
きっと英人よりも、英人以上に千城は英人の身体のことを良く知っている。完全に壊れてしまう前に引き上げてくれるペース配分の良さというか、流れ方は次の日になって感心するやら呆れるやら…。千城が満足しているのか耐えているのかは疲れ切った英人では理解したいという思考も消え去っていた。
少しの遅刻をしてしまったものの、英人は無事オフィスに辿り着くことができた。直接空港に向かう予定だった千城が時間を早めて、千城専用の車で送ってくれたからというのもある。運転手付きの高級車で通勤なんて誰にも見られたくないものだったが、休日を取るか出勤するかを天秤にかけた時に、どうしたって前者を選ぶ勇気が英人にはなかった。
何かを悟ったように神戸から一言だけチクリとした言葉をもらったが、それとなく英人の意思ではないことに気付いているのか余計なことは言わないでいてくれる。
それに誰がどこで何をしているのかを全員が把握しているわけでもなく、突然のスケジュール変更などでオフィスに出入りする人間に決まった時間などもないため、英人の『遅刻』を気にするスタッフも特にいなかった。
だけど動くたびに細い体が悲鳴をあげるようで、英人はデスクワークのみに専念する一日を過ごした。

夕方になる頃、英人の身体は回復してきていた。帰りも千城用の車を好きに使えばいいと言われていたが、さすがにそんな高慢な態度は取れなくて、待機もしなくていいと頑なに断り続けた。
たとえどれほど千城が自分と同じように扱われるよう伝えたところで、まったく育ちの違う英人はすんなりと受け入れられる環境ではなかった。
ましてや、千城の出張中など、この運転手は千城から解放されてよいはずなのに、英人の公私混同を兼ねたような生活に付き合わせたくもない。身分も違う自分が千城の社で雇う人間をどうこうするのは筋違いと思えた。
育ちの違いは否めないとしても、千城のように人を「使う」ことには申し訳なさだけが浮かぶ。
自力で帰らなければならないのは多少辛いかなと思えたが、昔から色々なことを経験していた英人には耐えられない痛みでもなく、むしろ千城に愛されている証拠のようで嬉しさすらあった。

夕方のまだ早い時間でも日は傾き、オフィスを出る頃にはすっかり暗闇に包まれてしまう。
だからといって裏通りのような静けさもなく、ビルの明りや通る車のヘッドライトで街には明るさがあった。
マンションは幹線道路から一本路地を入ったところに建っていた。とはいっても、道幅は狭いわけでもなく、大型の車だって充分にすれ違えるくらいの幅を持っている。
ただこの先にあるのが住宅街なので、交通量はあまり多い方ではない。
ゆっくりのんびりと歩く英人の横を、外国製の高級車が通り過ぎ、マンションを少し前にして停まっていた。どこかの家を探しているのか、この先に分かれる道を確認しているようにも取れる。

英人が高級車の横を通り過ぎようとした時、スーッと後部座席のウィンドウが降りた。てっきり道でも聞かれるのだと思った。

「君が英人さんかな」
車内から突然発された声にビクッとする。穏やかな声ではあったが、改めて見つめた車内には千城と似たような鋭い眼光を飛ばす男性が座っていた。
還暦にはまだ遠いようだが英人の父よりも年上なのは明らかだ。濃紺のスーツを纏った姿には全身から溢れるような貫禄が漂い、誰にも何も言わせず押し潰すような威圧感は千城の比ではなかった。
千城に良く似た瞳だけで確実に親子なのだと分かる。
たぶん、千城が年齢を重ねれば彼のようになるのだろうか…。
いくら千城の誰をも圧倒するような威圧感に慣れた英人とはいえ、彼の強さはまた別格の物で何の言葉も出なかった。
英人の上から下までをじっくりと確認するように刺さる視線はとても痛い。まるで品定めをする目つきだ。
どれだけ鋭利な刃物のような視線を浴びたところで、車内に佇んだままの男性から英人は視線を反らすことができなかった。完全に固まってしまった。視線を反らすことは許されないような気がした。
初めて見る姿に、千城との面影を見せ親近感さえ覚えていいはずなのに、生まれるのは恐怖心だけだった。

「乗りなさい」
英人に向かって小さく命令をすると、左ハンドルの車の運転席から降りた老齢の運転手が、素早く歩道に降り立ち、後部座席のドアを開けた。車内に座ったままの千城の父は英人が乗れる分のスペースを作り右側に移動する。
恭しく頭を下げながら、運転手は英人を促した。
英人は一歩だって動けなかった。

ドアを開けたままで静かに待つ運転手とは対照的に、すぐに動かない英人に苛立ちの声が上がる。
「乗りなさいと言うのが聞こえないのか?」
静かではあっても絶対的な命令がそこに存在した。
運転手のほうが先に動いた。彼の焦れる態度は常に一緒にいる運転手には身に染みるものがあるのだろう。ただ立ちつくすだけの英人の背中をそっと押し、よろめく体はまるで吸い込まれるようにシートに収まってしまった。

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