英人は暫くの間、動くことができなかった。
背後で絡まった服は、少しでももがけば解れて手を抜くことができるだろう。
だが、そんなことではない…。心の傷があまりにも痛すぎて、指先の一つすら動かす気力がなかった。
犯されたわけでもなく、自分の欲求だけを彼の手に押し付けた自分自身が赦せなかった。彼は欲望の欠片すら見せなかった。
そして簡単に愛の証である指輪を抜きとられてしまったことが何よりも悲しかった。
千城と自分を繋ぐものはなくなってしまった…。
悔しいのと悲しいので涙が止まることはない。
昨日の夜、今日の朝まで愛された自分はもういないような気がした。
自分はもう、過去の薄汚い姿に戻ってしまったようで、二度と千城の腕に抱いてもらえないと思うと、このまま干乾びてしまいたかった。
泣き続けて、泣き疲れて、枯れてしまった心を抱えながら、英人はこの場所を出て行きたいと思った。
千城の父は、千城が帰ってくるまでここにいればいいと言っていたが、この屋敷にいることがまるで本当の男娼のようで、ここで千城に会うのは嫌だった。
どれくらいの時間が過ぎたのか、英人はよろよろと身を起こした。
絡まっていたシャツを腕から解いた時、周りを見回して、着てきたはずの衣類が無いことに気付いた。
欲にかられ、汚したはずの下着すら見当たらない。
それらを千城の父が持ち去ったのだとは分かったが、どう処理されるのかを思うと身がすくんだ。
汚いものと捨ててくれるのが一番良い。だが他の者へと渡されるのは恥ずかしさ以外の何もない。
そして自分はこの先、どうやって過ごしたらよいのだろう。まさか裸で過ごせというのだろうか…。
奥にバスルームがあると言われた言葉を思い出して、のろのろと閉まっているドアを開けた。
一つは寝室で、一人で寝るには大き過ぎるとも思えるベッドがあった。もう一つのドアを開けるとあまり広いとは言えないがバスタブのある浴室とトイレだった。(←英人の感覚は狂っていますが充分広いです)
脱衣所の棚には真新しいバスローブが用意されていて、英人はとりあえず軽く体を流してからそれを身に付けた。
鏡で見た自分の顔は、叩かれたせいか赤くなっていたし、噛み切れた口の中がジンジンしている。
そんな傷の痛みも胸が押し潰されるような痛みに比べれば傷ではないような気がした。
居間に戻ってから改めて部屋を見回した。衣類どころか、財布も携帯電話もマンションの鍵も、英人が持っていたはずのものは何もなかった。
千城の父が英人をこの部屋から出そうとしていないのは嫌でも分かる。だいいち、あの厳戒態勢が敷かれたような門をくぐれるとも思えない。
この屋敷で何をしてどう時間を潰せばいいのかも英人は分からない。
空調がきいて温かな部屋のはずなのにとても寒くて、英人は両腕で自分を抱きしめながら居間の隅のほうにうずくまった。小さい頃が思い出された。
母親に怒られないよう、嫌われないようにと大人しくしていた頃…。聞きたくもない喘ぎ声を聞いていた頃…。英人はいつもこうして膝を抱えて部屋の隅にいた。
愛されたいと思う気持ちを抱えながら、言葉に出すことも態度に示すことも許されず時代を送った。大人しくしていれば認めてもらえるのだと思っていた。
やっと手にできた幸せ…。愛された環境…。
千城に会いたくて抱き締めてもらいたくて…、でもそれはもう叶わない夢となる。
こんな状態なのに、人は眠りに付けるのだと思う。
眠ったというよりうつらうつらとしていた。前日の千城との交じり合いで寝不足だったし、思い出したくもない屈辱を千城の父から受けた体は疲労しきっていた。
真夜中くらいなのだろうか。ドアの開く音が耳に届き、丸まるように畳に倒れ込んでいた英人の体に響いてくる足音があった。
ゆっくりと瞳を開きながらも、英人の視線は畳の上を這うだけで、身動き一つ取る気力も体力も無くしていた。
「へぇ…。可愛い子じゃん」
まだ若い男の声がする。でもどこか人を抑圧する雰囲気は言葉を通して感じた。千城のように鋭さや傲慢さはなさそうだが人を見下すことに慣れた人間だと思った。
英人はゆっくりと顔を上へと向けた。
自分と年はそう変わらないだろう。なんとなく千城に似た雰囲気を持つ男がいた。何がどうとはっきりとは分からないが、どこか血のつながりがあるように感じた。
「これだったら譲り受けてもいいや」
冷やかな声が英人の耳に届いた。
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M様 いつもお越しいただきありがとうございます。レス不要とのことでしたがいつも応援してくださってとても感謝しております。またどうぞよろしくお願いいたします。
背後で絡まった服は、少しでももがけば解れて手を抜くことができるだろう。
だが、そんなことではない…。心の傷があまりにも痛すぎて、指先の一つすら動かす気力がなかった。
犯されたわけでもなく、自分の欲求だけを彼の手に押し付けた自分自身が赦せなかった。彼は欲望の欠片すら見せなかった。
そして簡単に愛の証である指輪を抜きとられてしまったことが何よりも悲しかった。
千城と自分を繋ぐものはなくなってしまった…。
悔しいのと悲しいので涙が止まることはない。
昨日の夜、今日の朝まで愛された自分はもういないような気がした。
自分はもう、過去の薄汚い姿に戻ってしまったようで、二度と千城の腕に抱いてもらえないと思うと、このまま干乾びてしまいたかった。
泣き続けて、泣き疲れて、枯れてしまった心を抱えながら、英人はこの場所を出て行きたいと思った。
千城の父は、千城が帰ってくるまでここにいればいいと言っていたが、この屋敷にいることがまるで本当の男娼のようで、ここで千城に会うのは嫌だった。
どれくらいの時間が過ぎたのか、英人はよろよろと身を起こした。
絡まっていたシャツを腕から解いた時、周りを見回して、着てきたはずの衣類が無いことに気付いた。
欲にかられ、汚したはずの下着すら見当たらない。
それらを千城の父が持ち去ったのだとは分かったが、どう処理されるのかを思うと身がすくんだ。
汚いものと捨ててくれるのが一番良い。だが他の者へと渡されるのは恥ずかしさ以外の何もない。
そして自分はこの先、どうやって過ごしたらよいのだろう。まさか裸で過ごせというのだろうか…。
奥にバスルームがあると言われた言葉を思い出して、のろのろと閉まっているドアを開けた。
一つは寝室で、一人で寝るには大き過ぎるとも思えるベッドがあった。もう一つのドアを開けるとあまり広いとは言えないがバスタブのある浴室とトイレだった。(←英人の感覚は狂っていますが充分広いです)
脱衣所の棚には真新しいバスローブが用意されていて、英人はとりあえず軽く体を流してからそれを身に付けた。
鏡で見た自分の顔は、叩かれたせいか赤くなっていたし、噛み切れた口の中がジンジンしている。
そんな傷の痛みも胸が押し潰されるような痛みに比べれば傷ではないような気がした。
居間に戻ってから改めて部屋を見回した。衣類どころか、財布も携帯電話もマンションの鍵も、英人が持っていたはずのものは何もなかった。
千城の父が英人をこの部屋から出そうとしていないのは嫌でも分かる。だいいち、あの厳戒態勢が敷かれたような門をくぐれるとも思えない。
この屋敷で何をしてどう時間を潰せばいいのかも英人は分からない。
空調がきいて温かな部屋のはずなのにとても寒くて、英人は両腕で自分を抱きしめながら居間の隅のほうにうずくまった。小さい頃が思い出された。
母親に怒られないよう、嫌われないようにと大人しくしていた頃…。聞きたくもない喘ぎ声を聞いていた頃…。英人はいつもこうして膝を抱えて部屋の隅にいた。
愛されたいと思う気持ちを抱えながら、言葉に出すことも態度に示すことも許されず時代を送った。大人しくしていれば認めてもらえるのだと思っていた。
やっと手にできた幸せ…。愛された環境…。
千城に会いたくて抱き締めてもらいたくて…、でもそれはもう叶わない夢となる。
こんな状態なのに、人は眠りに付けるのだと思う。
眠ったというよりうつらうつらとしていた。前日の千城との交じり合いで寝不足だったし、思い出したくもない屈辱を千城の父から受けた体は疲労しきっていた。
真夜中くらいなのだろうか。ドアの開く音が耳に届き、丸まるように畳に倒れ込んでいた英人の体に響いてくる足音があった。
ゆっくりと瞳を開きながらも、英人の視線は畳の上を這うだけで、身動き一つ取る気力も体力も無くしていた。
「へぇ…。可愛い子じゃん」
まだ若い男の声がする。でもどこか人を抑圧する雰囲気は言葉を通して感じた。千城のように鋭さや傲慢さはなさそうだが人を見下すことに慣れた人間だと思った。
英人はゆっくりと顔を上へと向けた。
自分と年はそう変わらないだろう。なんとなく千城に似た雰囲気を持つ男がいた。何がどうとはっきりとは分からないが、どこか血のつながりがあるように感じた。
「これだったら譲り受けてもいいや」
冷やかな声が英人の耳に届いた。
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たつみきえ | URL | 2009-12-04-Fri 07:08 [編集]
S様
おはようございます。
>英人をどこにやるんでしょう?千城また予定を早めて帰ってきて~゚。(p>∧<q)。゚゚ 英人の心壊れないといいなぁ。
英人はお屋敷を出られるでしょうか?!
逆に行先不明になっていたりして…。この男は誰???って私が聞いています。
千城は予定を繰り上げますかね…。
毎度突然登場するのに、肝心な時にいないんだから…もうっ!
英人をいたわっていただきましてありがとうございます。
いつもコメント、感謝しております。
おはようございます。
>英人をどこにやるんでしょう?千城また予定を早めて帰ってきて~゚。(p>∧<q)。゚゚ 英人の心壊れないといいなぁ。
英人はお屋敷を出られるでしょうか?!
逆に行先不明になっていたりして…。この男は誰???って私が聞いています。
千城は予定を繰り上げますかね…。
毎度突然登場するのに、肝心な時にいないんだから…もうっ!
英人をいたわっていただきましてありがとうございます。
いつもコメント、感謝しております。
千城父はどこまでも非道な人間らしい。
『息子を騙した性悪な男娼』をふさわしい男に下げ渡すとか。
せっかく千城とらぶらぶな生活が始まったと思ったら一月足らずですか・・・。
もう少し蜜月な日々が続けば英人君も愛される自信とか喜びとか何があっても信じきる気持ちが育ったものをね。
まだまだ、歩き始めたばかりのひーちゃんはすぐ迷子になるしパパのこと見失っちゃうんですよ。
早く帰ってきて迷子の息子を見つけて抱きしめて欲しいです。
これでもかーと不幸のてんこ盛り、作者様ってすっごいSなのでしょうか。
『息子を騙した性悪な男娼』をふさわしい男に下げ渡すとか。
せっかく千城とらぶらぶな生活が始まったと思ったら一月足らずですか・・・。
もう少し蜜月な日々が続けば英人君も愛される自信とか喜びとか何があっても信じきる気持ちが育ったものをね。
まだまだ、歩き始めたばかりのひーちゃんはすぐ迷子になるしパパのこと見失っちゃうんですよ。
早く帰ってきて迷子の息子を見つけて抱きしめて欲しいです。
これでもかーと不幸のてんこ盛り、作者様ってすっごいSなのでしょうか。
M様
こんにちは。いつもお越しいただきありがとうございます。
>英人に、どんどん危険が迫ってますね~。若い男は、誰なんでしょう?千城の弟かしら?
千城は一人っ子なので兄弟ではないんですよね。
一人っ子だったから余計に親の愛情っていうか執着がすごいみたいです。
そんな影響もあって、千城の嫉妬心の強さみたいなのもあるのでしょうか。
>ナイトの登場が、待ち遠しいですね。更新を楽しみにしています。
いつまでたっても千城が登場しませんね~。
こんな、何話も書いているのに…。
時間的に追っていったら、千城ってばまだ飛行機の中かな~?もう着いたかな~?っていう感じです。
千城が戻るまであと3日。榛名家のお屋敷の中では何が起こることでしょう?!
コメントいつもありがとうございます。
こんにちは。いつもお越しいただきありがとうございます。
>英人に、どんどん危険が迫ってますね~。若い男は、誰なんでしょう?千城の弟かしら?
千城は一人っ子なので兄弟ではないんですよね。
一人っ子だったから余計に親の愛情っていうか執着がすごいみたいです。
そんな影響もあって、千城の嫉妬心の強さみたいなのもあるのでしょうか。
>ナイトの登場が、待ち遠しいですね。更新を楽しみにしています。
いつまでたっても千城が登場しませんね~。
こんな、何話も書いているのに…。
時間的に追っていったら、千城ってばまだ飛行機の中かな~?もう着いたかな~?っていう感じです。
千城が戻るまであと3日。榛名家のお屋敷の中では何が起こることでしょう?!
コメントいつもありがとうございます。
甲斐様
こんにちは。
> 千城父はどこまでも非道な人間らしい。
> 『息子を騙した性悪な男娼』をふさわしい男に下げ渡すとか。
この男、誰?って私が思っているくらいです。
千城父のことですから、息子の恥として、息子と関わったことすらもみ消しそうですね。
> せっかく千城とらぶらぶな生活が始まったと思ったら一月足らずですか・・・。
> もう少し蜜月な日々が続けば英人君も愛される自信とか喜びとか何があっても信じきる気持ちが育ったものをね。
はい。あえてこの微妙な時期を選んでみました。
ちょっとずつ自信のついてきた英人だったのにーっ!!みたいな…
> まだまだ、歩き始めたばかりのひーちゃんはすぐ迷子になるしパパのこと見失っちゃうんですよ。
> 早く帰ってきて迷子の息子を見つけて抱きしめて欲しいです。
(♪迷子の迷子の子猫ちゃん♪あー、なんかヒント貰っちゃった!!)
書き始めたころよりもずっと英人の性格は幼稚化しちゃっていますからね…
そして周りに流されやすい。人からの影響を受けやすい。
どうにかこうにか千城をさっさと呼び戻す手段を考えているところです。(でも思い浮かばない…)
> これでもかーと不幸のてんこ盛り、作者様ってすっごいSなのでしょうか。
ち、ちがうと思います…(う…)
なんとなーく流れ的に…(どんな流れだ?)
えぇ??そんなに不幸なこと書きましたっけ???(←良く分かっていない時点でダメ?)
コメントありがとうございました。
こんにちは。
> 千城父はどこまでも非道な人間らしい。
> 『息子を騙した性悪な男娼』をふさわしい男に下げ渡すとか。
この男、誰?って私が思っているくらいです。
千城父のことですから、息子の恥として、息子と関わったことすらもみ消しそうですね。
> せっかく千城とらぶらぶな生活が始まったと思ったら一月足らずですか・・・。
> もう少し蜜月な日々が続けば英人君も愛される自信とか喜びとか何があっても信じきる気持ちが育ったものをね。
はい。あえてこの微妙な時期を選んでみました。
ちょっとずつ自信のついてきた英人だったのにーっ!!みたいな…
> まだまだ、歩き始めたばかりのひーちゃんはすぐ迷子になるしパパのこと見失っちゃうんですよ。
> 早く帰ってきて迷子の息子を見つけて抱きしめて欲しいです。
(♪迷子の迷子の子猫ちゃん♪あー、なんかヒント貰っちゃった!!)
書き始めたころよりもずっと英人の性格は幼稚化しちゃっていますからね…
そして周りに流されやすい。人からの影響を受けやすい。
どうにかこうにか千城をさっさと呼び戻す手段を考えているところです。(でも思い浮かばない…)
> これでもかーと不幸のてんこ盛り、作者様ってすっごいSなのでしょうか。
ち、ちがうと思います…(う…)
なんとなーく流れ的に…(どんな流れだ?)
えぇ??そんなに不幸なこと書きましたっけ???(←良く分かっていない時点でダメ?)
コメントありがとうございました。
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M様
こんにちは。美しいお名前を知り羨ましくなりました。(漢字って不思議な魅力があると思うのは私だけでしょうか)
> 千城さんに似た雰囲気の人…千城パパみたいにひどい人なんでしょうか?これ以上ボロボロな英人は見たくないです(T_T)
> 千城パパなんかもっとみんなに嫌われてしまえ~o-_-)=○☆(スミマセンなんか興奮してしまいました)
千城パパ、嫌われましたね!!
籍を分けない限り英人には「じいちゃん」なのに。
そしてこの男!!
英人に何をする存在なのゃら。
興奮具合が伝わるようでなんだか嬉しかったです。こんな駄文なのにさらりと流してもらわずにコメントまで残していただいて…(感無量)
いつもいつもありがとうございます。
こんにちは。美しいお名前を知り羨ましくなりました。(漢字って不思議な魅力があると思うのは私だけでしょうか)
> 千城さんに似た雰囲気の人…千城パパみたいにひどい人なんでしょうか?これ以上ボロボロな英人は見たくないです(T_T)
> 千城パパなんかもっとみんなに嫌われてしまえ~o-_-)=○☆(スミマセンなんか興奮してしまいました)
千城パパ、嫌われましたね!!
籍を分けない限り英人には「じいちゃん」なのに。
そしてこの男!!
英人に何をする存在なのゃら。
興奮具合が伝わるようでなんだか嬉しかったです。こんな駄文なのにさらりと流してもらわずにコメントまで残していただいて…(感無量)
いつもいつもありがとうございます。
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