「あんた…っ!!」
今にも殴りかかろうとする鹿沼の身体を寸前で止めた。
「鹿沼っ!!」
鹿沼が北本に飛びかかろうとしたせいで北本の身体が雅臣から離れた。
「やめろってばっ」
本当だったら殴ってやりたいのは雅臣の方だった。こんな男のために鹿沼の手を汚してほしくない。
「僕のことはいいから。こいつとは関係ないし。まだ勤務中だからもう戻る…」
「随分な言い方だな。4年も付き合って、知らないことなんてないくらいなのにさ」
「別れてからもう5年も経っている。人は変わるんだよ。おまえだって結婚したんだろ」
未練がましい言葉には反吐でも出そうだった。
男同士での付き合いでは将来性がないからと簡単に見限った男だ。
触れられて昂りかけた股間が一気にしぼんでいく。もともと反応などしたくもなかったのだ。無理矢理触れられて、感じる場所を弄られた…それだけだ…。
「鹿沼、帰る…」
その言葉には自分を守ってくれという意味さえあったのかもしれない。
そっと腰に巻き付けられた腕の逞しさに酷く安心した。だが同時に生まれたのは”不安”だった。
北本はそれ以上雅臣たちを追っては来なかった。
あいつらしいと雅臣は思った。
雅臣の勤務時間が終わるまで鹿沼は待っていた。
閉店と同時に窓口に現れた鹿沼に、少し気を使ったらしい部長が「常陸、先に上がっていいぞ」と声をかけてくる。
部長は明日が休日だったから、残した処理があって時間がかかると言いたいらしかった。
出入金などの仕事は女性陣が終えてくれていたし、客から承った手配は全て終えているために雑用は翌日でも充分間に合う。
女性陣はすでに帰宅していて、残っているのは部長と雅臣の二人だけだった。
「ありがとうございます」
返事をしたのは鹿沼だった。
今日一日、剣呑な空気が雅臣と鹿沼の間にあった。同じ職場にいたわけではないが、二人とも全身にピリピリとしたものをまとわせていた。
北本の登場によって、暴かれたくない過去が明るみに出たせいだ。
『淫乱』…
そしてあんな男と「付き合っていた」と自ら明かした過去。
「疲れたから家に帰る…」
我が儘をいうような雅臣の腕を鹿沼が引き止めた。
「今日はうちに泊まって」
嫌だ…という雅臣の身体を無理に引き寄せて、鹿沼はタクシーを呼びとめた。一刻も早く帰りたいのが良く分かる。
タクシーの中でも終始無言で、鹿沼の家に着いてからもこれといって会話がなかった。
雅臣にバスルームを先に使うよう促し、夕食の準備を始めたようだ。
人の家のキッチンにまで入り込む気はなく、雅臣は言われるがまま浴室へと身体を入れた。
雅臣の中には恐怖ばかりが浮かんでいた。
鹿沼は北本の言葉を聞いてどう思っているのだろう。聞くのが怖い。
鹿沼の家には何度か来たことがある。
御丁寧に新しい下着まで用意されていて、雅臣は何の不自由もなく”外泊”ができた。
昔から鹿沼は大雑把と思わせておきながら細かく行き届いた部分を持ち合わせていた。
行動は適当でも計画や準備にはぬかりがない。
「こんな時間なのであり合わせのものしかないですが…。お酒、飲みますか?」
鹿沼の部屋にもこたつはあった。卓上コンロの上でグツグツといっている鍋がある。
材料を入れればいいだけだから一番手軽だというメニューは、たびたび登場していた。
「かぬ…」
「何も言わないでください」
こたつのもとへと近づいた雅臣の身体を、まだ食器のセットの途中だった鹿沼が引き寄せた。
『別れたい』
鹿沼に何かを言われるくらいなら自分で清算する。
雅臣の心の中にあった気持ちを、鹿沼は気付いていたようだった。
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今にも殴りかかろうとする鹿沼の身体を寸前で止めた。
「鹿沼っ!!」
鹿沼が北本に飛びかかろうとしたせいで北本の身体が雅臣から離れた。
「やめろってばっ」
本当だったら殴ってやりたいのは雅臣の方だった。こんな男のために鹿沼の手を汚してほしくない。
「僕のことはいいから。こいつとは関係ないし。まだ勤務中だからもう戻る…」
「随分な言い方だな。4年も付き合って、知らないことなんてないくらいなのにさ」
「別れてからもう5年も経っている。人は変わるんだよ。おまえだって結婚したんだろ」
未練がましい言葉には反吐でも出そうだった。
男同士での付き合いでは将来性がないからと簡単に見限った男だ。
触れられて昂りかけた股間が一気にしぼんでいく。もともと反応などしたくもなかったのだ。無理矢理触れられて、感じる場所を弄られた…それだけだ…。
「鹿沼、帰る…」
その言葉には自分を守ってくれという意味さえあったのかもしれない。
そっと腰に巻き付けられた腕の逞しさに酷く安心した。だが同時に生まれたのは”不安”だった。
北本はそれ以上雅臣たちを追っては来なかった。
あいつらしいと雅臣は思った。
雅臣の勤務時間が終わるまで鹿沼は待っていた。
閉店と同時に窓口に現れた鹿沼に、少し気を使ったらしい部長が「常陸、先に上がっていいぞ」と声をかけてくる。
部長は明日が休日だったから、残した処理があって時間がかかると言いたいらしかった。
出入金などの仕事は女性陣が終えてくれていたし、客から承った手配は全て終えているために雑用は翌日でも充分間に合う。
女性陣はすでに帰宅していて、残っているのは部長と雅臣の二人だけだった。
「ありがとうございます」
返事をしたのは鹿沼だった。
今日一日、剣呑な空気が雅臣と鹿沼の間にあった。同じ職場にいたわけではないが、二人とも全身にピリピリとしたものをまとわせていた。
北本の登場によって、暴かれたくない過去が明るみに出たせいだ。
『淫乱』…
そしてあんな男と「付き合っていた」と自ら明かした過去。
「疲れたから家に帰る…」
我が儘をいうような雅臣の腕を鹿沼が引き止めた。
「今日はうちに泊まって」
嫌だ…という雅臣の身体を無理に引き寄せて、鹿沼はタクシーを呼びとめた。一刻も早く帰りたいのが良く分かる。
タクシーの中でも終始無言で、鹿沼の家に着いてからもこれといって会話がなかった。
雅臣にバスルームを先に使うよう促し、夕食の準備を始めたようだ。
人の家のキッチンにまで入り込む気はなく、雅臣は言われるがまま浴室へと身体を入れた。
雅臣の中には恐怖ばかりが浮かんでいた。
鹿沼は北本の言葉を聞いてどう思っているのだろう。聞くのが怖い。
鹿沼の家には何度か来たことがある。
御丁寧に新しい下着まで用意されていて、雅臣は何の不自由もなく”外泊”ができた。
昔から鹿沼は大雑把と思わせておきながら細かく行き届いた部分を持ち合わせていた。
行動は適当でも計画や準備にはぬかりがない。
「こんな時間なのであり合わせのものしかないですが…。お酒、飲みますか?」
鹿沼の部屋にもこたつはあった。卓上コンロの上でグツグツといっている鍋がある。
材料を入れればいいだけだから一番手軽だというメニューは、たびたび登場していた。
「かぬ…」
「何も言わないでください」
こたつのもとへと近づいた雅臣の身体を、まだ食器のセットの途中だった鹿沼が引き寄せた。
『別れたい』
鹿沼に何かを言われるくらいなら自分で清算する。
雅臣の心の中にあった気持ちを、鹿沼は気付いていたようだった。
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別れの言葉を聞きたくない
捨てられるくらいなら自分から離れていこう・・・
なんてこと鹿沼君が許すわけない!!
何があっても、過去の哀しみごとぜーんぶ愛してあげて欲しいです。
捨てられるくらいなら自分から離れていこう・・・
なんてこと鹿沼君が許すわけない!!
何があっても、過去の哀しみごとぜーんぶ愛してあげて欲しいです。
甲斐様
こんにちは。
> 別れの言葉を聞きたくない
> 捨てられるくらいなら自分から離れていこう・・・
> なんてこと鹿沼君が許すわけない!!
> 何があっても、過去の哀しみごとぜーんぶ愛してあげて欲しいです。
雅臣は、また相手から告げられるくらいなら自分から…って思ったようです。
そうやって傷つくのを防ごうとするみたいに。
自分がどういう人間なのかをばらされちゃって、これまでの鹿沼が持っていた印象と変わったと思われるのが怖いんですね。
まだ鹿沼のことを全部、ぜーんぶ受け入れきっていないから不安も生まれるんだと思います。
コメントありがとうございました。
こんにちは。
> 別れの言葉を聞きたくない
> 捨てられるくらいなら自分から離れていこう・・・
> なんてこと鹿沼君が許すわけない!!
> 何があっても、過去の哀しみごとぜーんぶ愛してあげて欲しいです。
雅臣は、また相手から告げられるくらいなら自分から…って思ったようです。
そうやって傷つくのを防ごうとするみたいに。
自分がどういう人間なのかをばらされちゃって、これまでの鹿沼が持っていた印象と変わったと思われるのが怖いんですね。
まだ鹿沼のことを全部、ぜーんぶ受け入れきっていないから不安も生まれるんだと思います。
コメントありがとうございました。
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