まんまと鹿沼の策略にはまったのだと気付いた時にはすでに心の底まで鹿沼の物になっていた。
今更強情を張る必要も駄々をこねる意味も何も成さない。
心に沸き立つ何もかもを認めざるを得なかった。
「もっと素直になって…。何もかも俺のものだって思わせて…」
耳元で囁かれる声に、もっと酔ってしまいたくなる気恥ずかしさが生まれる。
早々にベッドの中に潜り込んだ二人は狂おしいほどにお互いを求めながら抱き合って闇の中に落ちた。
山あいにある温泉地の中から少し離れた場所にある老舗旅館は、歴史も古く、本館の建物は重要文化財になっているほどだ。
今ではこちらの建物は宿泊用に使われることはなく、備品や古美術品を集めた資料館として公開されている。とはいっても宿泊客しか入れないが…。
自然林に囲まれた敷地の中に離れがある。
一度ここに入ってしまえば、チェックアウトの時間まで外に出なくて良いくらいに行き届いたサービスがあった。
1月の下旬、辿り着いた温泉地は雪に包まれていた。晴れてはいても雪は溶けることなく一面を覆っている。
自分たちが住む土地では滅多に見られないものだけに感動するものがあったが、駅を出た途端に、踏み固められてツルツルになった地面に足を取られて見事に転んだ雅臣には恨めしい物になってしまった。
「ちょっと、大丈夫ですか~ぁ?」
笑いをこらえながら手を差し伸べてくれる鹿沼を睨み上げながら、その手をパシッと叩く。
「大丈夫っ!」
「荷物持ちますよ」
人通りのある場所だけに恥ずかしさが先にたって、慌てて立ち上がる。寒いはずなのに、かぁぁぁと顔が熱くなるようだった。
鹿沼は雅臣の旅行バッグを自分のものと片手で持つと、立ち上がった雅臣の尻を撫でた。
「なにして…っ!!」
「だって雪が」
「だったら叩けばいいだろっ」
「そんな、恐れ多い」
鹿沼はしれっと言い放っていた。もっと顔が熱くなりそうだ…。
前もって連絡をしていたから、駅前には旅館名が入ったワゴン車が待っていた。
車に揺られて着いた旅館の全景といい、案内された離れの部屋といい、雅臣は絶句するしかなかった。
話には聞いていたが、実際に目にするのとではまた随分と印象が異なる。
宿泊する離れの一階部分には囲炉裏のある食事処と畳敷きの間、二階にベッドルームと石造りの内湯、外には檜の露天風呂があった。
「二階建ての離れはここだけですから、お風呂で何をしていても外からは見られませんよ」
「そういう問題じゃないのっ!!」
部長が「贅沢過ぎる」と言った意味がものすごーく良く分かったと思った。
「移動で疲れたでしょ。お風呂、一緒に入りましょう」
「え?温泉街の散策とかしないの?」
旅館が中心地から少し離れているとはいえ、歩いて行けない距離ではない。
『早めのチェックイン』に誘われてやってきたから、時間はお昼を過ぎたばかりだ。昼間だからとか晴れているから…とかを考慮しても、湯上りに雪景色を眺めながら歩く気合は雅臣にはなかった。
今から温泉に入ってこの部屋の中で何をして時間を潰せというのだろう…。
雅臣が聞き返せば、少し考え込むような鹿沼の姿があった。
鹿沼はすでに来たことがあって見つくしているかもしれないが、雅臣にとっては初めての土地なのだ。
部屋に籠るよりは観光をしてみたい。
そして仕事魂か、この街の雰囲気や近隣の旅館などもそれとなく見てみたかった。
「また転びたいんですか?」
「転ばないよっ」
鹿沼がからかっているのはすぐに分かる。
あげ足を取るように言われてムキになれば、雅臣の機嫌を損ねたくないらしい鹿沼はフッと笑っただけで、「じゃあ近くだけね」と、外出の準備を始めた。
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今更強情を張る必要も駄々をこねる意味も何も成さない。
心に沸き立つ何もかもを認めざるを得なかった。
「もっと素直になって…。何もかも俺のものだって思わせて…」
耳元で囁かれる声に、もっと酔ってしまいたくなる気恥ずかしさが生まれる。
早々にベッドの中に潜り込んだ二人は狂おしいほどにお互いを求めながら抱き合って闇の中に落ちた。
山あいにある温泉地の中から少し離れた場所にある老舗旅館は、歴史も古く、本館の建物は重要文化財になっているほどだ。
今ではこちらの建物は宿泊用に使われることはなく、備品や古美術品を集めた資料館として公開されている。とはいっても宿泊客しか入れないが…。
自然林に囲まれた敷地の中に離れがある。
一度ここに入ってしまえば、チェックアウトの時間まで外に出なくて良いくらいに行き届いたサービスがあった。
1月の下旬、辿り着いた温泉地は雪に包まれていた。晴れてはいても雪は溶けることなく一面を覆っている。
自分たちが住む土地では滅多に見られないものだけに感動するものがあったが、駅を出た途端に、踏み固められてツルツルになった地面に足を取られて見事に転んだ雅臣には恨めしい物になってしまった。
「ちょっと、大丈夫ですか~ぁ?」
笑いをこらえながら手を差し伸べてくれる鹿沼を睨み上げながら、その手をパシッと叩く。
「大丈夫っ!」
「荷物持ちますよ」
人通りのある場所だけに恥ずかしさが先にたって、慌てて立ち上がる。寒いはずなのに、かぁぁぁと顔が熱くなるようだった。
鹿沼は雅臣の旅行バッグを自分のものと片手で持つと、立ち上がった雅臣の尻を撫でた。
「なにして…っ!!」
「だって雪が」
「だったら叩けばいいだろっ」
「そんな、恐れ多い」
鹿沼はしれっと言い放っていた。もっと顔が熱くなりそうだ…。
前もって連絡をしていたから、駅前には旅館名が入ったワゴン車が待っていた。
車に揺られて着いた旅館の全景といい、案内された離れの部屋といい、雅臣は絶句するしかなかった。
話には聞いていたが、実際に目にするのとではまた随分と印象が異なる。
宿泊する離れの一階部分には囲炉裏のある食事処と畳敷きの間、二階にベッドルームと石造りの内湯、外には檜の露天風呂があった。
「二階建ての離れはここだけですから、お風呂で何をしていても外からは見られませんよ」
「そういう問題じゃないのっ!!」
部長が「贅沢過ぎる」と言った意味がものすごーく良く分かったと思った。
「移動で疲れたでしょ。お風呂、一緒に入りましょう」
「え?温泉街の散策とかしないの?」
旅館が中心地から少し離れているとはいえ、歩いて行けない距離ではない。
『早めのチェックイン』に誘われてやってきたから、時間はお昼を過ぎたばかりだ。昼間だからとか晴れているから…とかを考慮しても、湯上りに雪景色を眺めながら歩く気合は雅臣にはなかった。
今から温泉に入ってこの部屋の中で何をして時間を潰せというのだろう…。
雅臣が聞き返せば、少し考え込むような鹿沼の姿があった。
鹿沼はすでに来たことがあって見つくしているかもしれないが、雅臣にとっては初めての土地なのだ。
部屋に籠るよりは観光をしてみたい。
そして仕事魂か、この街の雰囲気や近隣の旅館などもそれとなく見てみたかった。
「また転びたいんですか?」
「転ばないよっ」
鹿沼がからかっているのはすぐに分かる。
あげ足を取るように言われてムキになれば、雅臣の機嫌を損ねたくないらしい鹿沼はフッと笑っただけで、「じゃあ近くだけね」と、外出の準備を始めた。
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