病室にシャワールームがあるから汚れた身体は洗うことができても、ぐしゃぐしゃになったシーツは丸めておくしかない。
本来この病室にあるべきベッドに寝かされた野崎は、宮原に後ろから抱えられるようにして眠りに落ちた。
背中に人肌の温もりを感じても、宮原ももう性欲を表すような行動はしない。
ただ包み込む、といった雰囲気が感じられて、それがひどく優しい部分の宮原のように思えた。
先程行為の最中に聞こえた『美琴さんに寄り添っていてほしい』という言葉が重なって、頑なだった野崎の心の氷を溶かした。
さすがに正面を向くまでの勇気と気力はなかったが…。
深く落ちていく意識は、共に一日を、寝不足で過ごしたという事実で、今更ながらに野崎は昨夜あまりよく眠れなかった一夜を思い出した。
昨夜感じていた『妙な胸騒ぎ』はやはり当たっていたのだ…と頭の隅をかすめていったが、嫌な現実にはなっていない。
彼の二面性を知った今、何故か彼の全てを知る人間は自分だけのような優越感が心に湧いた。
表面に出てくる強引なまでの態度と、内面に潜む本来の思いやり。
その他の誰に知らされてもおかしくないはずなのに、自分が包み込まれる喜悦は絶頂の時を越えた。
必要とおもえる検査を終えて、被害者宅への謝罪と水谷へ報告を済ませてから社屋に着けたのは夕刻だった。
千城は今頃になって何故出社したのかという態度で野崎を迎えた。
デスクの前に立った野崎に必要最小限の口数で物事を伝えてくる。
「事故の処理は全て済んでいる。先方とも話はついているから今回の件にこれ以上首を出すな」
「ありがとうございます。ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」
「無事で何よりだった。宮原にも買い替えたいようであれば好きなものを買えばいいと伝えろ。…それにしてもな…」
ホッと一息をついて連絡事項が済んだかと思えば、フッと笑った千城が何かに思いを巡らせているのは一目瞭然だった。
不敵に笑みを浮かべる時はろくなことを考えている時ではない。
嫌な予感がしつつ、念のために「なにか?」と尋ね返せば、「いや…」と一度は言葉を区切った。
だがすぐに、訝しがる野崎に黙っているのもつまらないといった雰囲気を漂わせる。
「野崎に休日に一緒に出掛ける相手がいたとはな…」
これだけで千城が何を言いたいのか想像ができた。
プライベートな内容をこれといって千城に話すことなどなかったが、互いに付き合いも長く、ある程度のことは普段の行動から判断できている。
故意的に誰かとどこかへ行く、それも深い意味を込めて、ということが無かったとは千城は承知していたはずだ。
宮原との関係をすでに気付いた、といった感じだった。
一番嫌な男に知られた…と心の中で舌打ちしながらも野崎はあえてしらを切った。
「人付き合いのない人間ではありませんので」
「ああ、そうだな。…今日はもう帰っていいぞ」
「しかし、明日の準備が…」
簡単に返事をされても絶対に野崎の言う台詞を鵜呑みになどしていないのだろうと疑わしさは増した。
しかしこれ以上引き伸ばしたい話題でもなく反らしてくれたのは良いことだった。
本当なら顔を合わせているのも気が進まないところだが一日を無駄に過ごし明日やってくる処理の多さを考えれば少しでも片付けたかった。
「『事故』といういい理由があるんだ。”疲れた腰”を少しでも休ませてやれ」
返す言葉もなかった…。
ひやりと背筋を冷たいものが流れる。
また千城に弱みを握られた気分だった。
病室で何をしていたのかまでお見通しと言われているようだ。
そんな素振りを見せているつもりはないのに、どうして気付かれてしまうのだろうか…。
普段と同じ”つもり”も千城には通用しない。
顎先でクイッと出口のドアを促される。
これ以上ここにいても遠まわしな嫌味で攻めたてられるだけだと判断した野崎は、一礼しただけで社長室を後にした。
千城の”人間観察”でも始めるような眼が不気味だ。
当然対象は自分である。
きっと今後、こんな会話が増えるのだろうと将来が見えて、ドアを閉めた途端、野崎は盛大な溜め息をこぼした。
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本来この病室にあるべきベッドに寝かされた野崎は、宮原に後ろから抱えられるようにして眠りに落ちた。
背中に人肌の温もりを感じても、宮原ももう性欲を表すような行動はしない。
ただ包み込む、といった雰囲気が感じられて、それがひどく優しい部分の宮原のように思えた。
先程行為の最中に聞こえた『美琴さんに寄り添っていてほしい』という言葉が重なって、頑なだった野崎の心の氷を溶かした。
さすがに正面を向くまでの勇気と気力はなかったが…。
深く落ちていく意識は、共に一日を、寝不足で過ごしたという事実で、今更ながらに野崎は昨夜あまりよく眠れなかった一夜を思い出した。
昨夜感じていた『妙な胸騒ぎ』はやはり当たっていたのだ…と頭の隅をかすめていったが、嫌な現実にはなっていない。
彼の二面性を知った今、何故か彼の全てを知る人間は自分だけのような優越感が心に湧いた。
表面に出てくる強引なまでの態度と、内面に潜む本来の思いやり。
その他の誰に知らされてもおかしくないはずなのに、自分が包み込まれる喜悦は絶頂の時を越えた。
必要とおもえる検査を終えて、被害者宅への謝罪と水谷へ報告を済ませてから社屋に着けたのは夕刻だった。
千城は今頃になって何故出社したのかという態度で野崎を迎えた。
デスクの前に立った野崎に必要最小限の口数で物事を伝えてくる。
「事故の処理は全て済んでいる。先方とも話はついているから今回の件にこれ以上首を出すな」
「ありがとうございます。ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」
「無事で何よりだった。宮原にも買い替えたいようであれば好きなものを買えばいいと伝えろ。…それにしてもな…」
ホッと一息をついて連絡事項が済んだかと思えば、フッと笑った千城が何かに思いを巡らせているのは一目瞭然だった。
不敵に笑みを浮かべる時はろくなことを考えている時ではない。
嫌な予感がしつつ、念のために「なにか?」と尋ね返せば、「いや…」と一度は言葉を区切った。
だがすぐに、訝しがる野崎に黙っているのもつまらないといった雰囲気を漂わせる。
「野崎に休日に一緒に出掛ける相手がいたとはな…」
これだけで千城が何を言いたいのか想像ができた。
プライベートな内容をこれといって千城に話すことなどなかったが、互いに付き合いも長く、ある程度のことは普段の行動から判断できている。
故意的に誰かとどこかへ行く、それも深い意味を込めて、ということが無かったとは千城は承知していたはずだ。
宮原との関係をすでに気付いた、といった感じだった。
一番嫌な男に知られた…と心の中で舌打ちしながらも野崎はあえてしらを切った。
「人付き合いのない人間ではありませんので」
「ああ、そうだな。…今日はもう帰っていいぞ」
「しかし、明日の準備が…」
簡単に返事をされても絶対に野崎の言う台詞を鵜呑みになどしていないのだろうと疑わしさは増した。
しかしこれ以上引き伸ばしたい話題でもなく反らしてくれたのは良いことだった。
本当なら顔を合わせているのも気が進まないところだが一日を無駄に過ごし明日やってくる処理の多さを考えれば少しでも片付けたかった。
「『事故』といういい理由があるんだ。”疲れた腰”を少しでも休ませてやれ」
返す言葉もなかった…。
ひやりと背筋を冷たいものが流れる。
また千城に弱みを握られた気分だった。
病室で何をしていたのかまでお見通しと言われているようだ。
そんな素振りを見せているつもりはないのに、どうして気付かれてしまうのだろうか…。
普段と同じ”つもり”も千城には通用しない。
顎先でクイッと出口のドアを促される。
これ以上ここにいても遠まわしな嫌味で攻めたてられるだけだと判断した野崎は、一礼しただけで社長室を後にした。
千城の”人間観察”でも始めるような眼が不気味だ。
当然対象は自分である。
きっと今後、こんな会話が増えるのだろうと将来が見えて、ドアを閉めた途端、野崎は盛大な溜め息をこぼした。
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仕事の上では沈着冷静で感情のない完璧なマシンのみこっちゃんに、弱みなんてなかったから、千城さんすごく面白がってますよね。
これを何かに利用しようと思ったかどうかは分りませんが・・・。
でも、”へ~あの野崎にねぇ、、、人間何が起こるかわからないから面白いよね~”なんて観察始めちゃたんでしょうか。
これを何かに利用しようと思ったかどうかは分りませんが・・・。
でも、”へ~あの野崎にねぇ、、、人間何が起こるかわからないから面白いよね~”なんて観察始めちゃたんでしょうか。
甲斐様
こんにちは。
> 仕事の上では沈着冷静で感情のない完璧なマシンのみこっちゃんに、弱みなんてなかったから、千城さんすごく面白がってますよね。
以前も水谷に襲われた(?)時に業務に支障を出すという失態をおかしましたしね。
どんどん弱みが増えていくみこっちゃんです。
まぁ、みこっちゃんのギャップも楽しめることだし。
"あのカタブツがどういう変化を見せるんだ~?"と興味津津だと思いますよ。
突っつくとボロボロって、これまで見られなかった動揺が見られたりとか。
千城サンの洞察力もかなりのものですからね。
さりげなーく、からかわれるんだろうな~。
毎日が楽しくなりそうな『社長室』ですね。
コメントありがとうございました。
こんにちは。
> 仕事の上では沈着冷静で感情のない完璧なマシンのみこっちゃんに、弱みなんてなかったから、千城さんすごく面白がってますよね。
以前も水谷に襲われた(?)時に業務に支障を出すという失態をおかしましたしね。
どんどん弱みが増えていくみこっちゃんです。
まぁ、みこっちゃんのギャップも楽しめることだし。
"あのカタブツがどういう変化を見せるんだ~?"と興味津津だと思いますよ。
突っつくとボロボロって、これまで見られなかった動揺が見られたりとか。
千城サンの洞察力もかなりのものですからね。
さりげなーく、からかわれるんだろうな~。
毎日が楽しくなりそうな『社長室』ですね。
コメントありがとうございました。
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