それからの海斗の生活は一変した。
まず、食事がいい加減過ぎると有馬に注意され、なるべく時間が取れる限り、隣の家に寄らされた。
一緒に食べる時もあれば密閉容器に詰められて持たされる時もある。
海斗の帰宅時間のこともあったから無理に押し付けられることはなかったし、毎日なんていう図々しさもなかったけど、週の半分でも栄養バランスの整った食事を摂れて海斗も身体の調子が良くなってきたことを実感した。
なにより、みんなでワイワイと食べることで、より一層美味しく感じるのだ。
鳥羽の手によって定期的な健康チェックも行われた。
もちろん、大それたものではなく、単に触れたい鳥羽のスキンシップ行為と言うべきか…。
大希と全く連絡を取らなくなったことを、それとなく二人は気付いていたようだが、あえて口にはしてこなかった。
あのあと数度大希からは連絡が来たが、はっきりと海斗が『無理だ』と告げてしまえば、感情を寄せられない海斗に見限りをつけたのか、しつこい態度にはでられなかった。
海斗に恋情を抱く相手がいると知るだけに、『相談にのるよ』とは言われても、社交辞令としか思えないし、今更本気になりかけてくれた相手に対して話を持ちかけるのは非情というべきだろう。
海斗からもこれといって鳥羽と有馬に報告するようなことはしていない。
どんな理由であれ、隣の家に出入りできていることが、今の海斗には単純に嬉しくて楽しい出来事だった。
珍しく有馬が出掛けていて、その日の夜は鳥羽だけが部屋にいた。
海斗も仕事に余裕が出てきて、帰宅は一時期に比べれば早くなったほうだ。
スーツから普段着に着替えて隣の部屋に向かえば、それこそ珍しく、花巻の姿があった。
すでに酒を飲んでいるのか、頬が緩んでいた。
出迎えた鳥羽が有馬の部屋へと通す。
有馬がいようがいまいが、有馬の部屋で食事はとるらしい。
有馬のプライベートなんて、あってないようなもんじゃないか…と海斗は気の毒に思ったが…。
「お久し振りですね」
さすがに近所ということもあって花巻とはたまに顔を合わせる機会はあったし、海斗のことを気にされているのも知っていた。
だけどいままでと同じように鳥羽と有馬と海斗が付き合い続けていることを知れば、さほど心配してもいなかった。
小さく微笑んでから、もうほとんど指定席となった場所に海斗が腰を下ろすと、鳥羽が冷蔵庫からビールを持ってきてくれた。
「蓮、2泊でいないんだけどさー。見てよ、この量。あいつ、何食俺たちに同じもの食わせる気だったんだ?って感じじゃない?これなんか、ゆうべも今朝も食わされたのにまだ残ってるっつーのっ」
花巻が何故呼ばれたのか何となく分かった。
鳥羽は自分で料理などほとんどできないくせに、残り物を何回も出されることを嫌う。
このままいけば海斗と二人で消化したところで、明日の夜どころか、明後日の朝まで繰り越されそうな鍋の中身に助っ人を呼んだというところだろう。
「いいじゃないですか~。家庭の味が毎日食べられるなんて~」
「毎日~ぃ?同じものが続くって飽きるから」
大概は有馬が調整して作るために早々残ることはないのだが、鳥羽と海斗の好き嫌いに出会ってしまうとこのようなことが起こる。
有馬はわざと作るし、容赦なく『一口でいいから食べなさい』と言ってくるが…。
海斗は父母より厳しい存在だ…とちょっと思っている。
「残り物は全部うちでいいですよ。喜んで受け取ります」
「頼もしいよ」
好き嫌いのなさそうな花巻と我が儘な鳥羽が言い合っているうちに海斗はテーブルの上を見回した。
鳥羽が食べ飽きたと言っていたものはあえもので、海斗の好物と言って良く、正直言えば何度出されても海斗は飽きなかった。
そしてそれらは微妙に味が替えられている。
味付けが変わることも海斗には一つの楽しみといえた。
テーブルに並べられたあれもこれもが、今日は海斗の苦手なものが一つもない。
鳥羽が気付いているかどうかは疑問として、鳥羽は有馬に甘やかされているんだろうなとは常々感じる。
有馬がいてくれるから鳥羽には余裕が出来ていて、その余裕さの中に頼りがいが生まれて海斗をかまってくれるのかと時々思う。
有馬は有馬で、別の視点から海斗を甘えさせてくれるけど…。
二人が一緒にいられなくなった時、均衡が崩れるような気がして、それが海斗には怖いもののように思えた。
同時に自分の行き場も失うような焦燥感も生まれてくる。
今更ながらに海斗は、二人の間にしっかりと流れ込んでしまっている自身を認めた。
鳥羽を慕うのと同じように、有馬の存在も重要であって今の海斗には必要だと認識している。
最初に鳥羽に対して抱いた気持ちは今でもゆるぎなく心に存在しているけれど、『特別』にはなれない『諦め』も持っていた。
海斗は有馬と同じような立場にはなれない。
何よりも、二人の間にいるからこそゆとりのある生活が送れることを身体が知っていた。
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まず、食事がいい加減過ぎると有馬に注意され、なるべく時間が取れる限り、隣の家に寄らされた。
一緒に食べる時もあれば密閉容器に詰められて持たされる時もある。
海斗の帰宅時間のこともあったから無理に押し付けられることはなかったし、毎日なんていう図々しさもなかったけど、週の半分でも栄養バランスの整った食事を摂れて海斗も身体の調子が良くなってきたことを実感した。
なにより、みんなでワイワイと食べることで、より一層美味しく感じるのだ。
鳥羽の手によって定期的な健康チェックも行われた。
もちろん、大それたものではなく、単に触れたい鳥羽のスキンシップ行為と言うべきか…。
大希と全く連絡を取らなくなったことを、それとなく二人は気付いていたようだが、あえて口にはしてこなかった。
あのあと数度大希からは連絡が来たが、はっきりと海斗が『無理だ』と告げてしまえば、感情を寄せられない海斗に見限りをつけたのか、しつこい態度にはでられなかった。
海斗に恋情を抱く相手がいると知るだけに、『相談にのるよ』とは言われても、社交辞令としか思えないし、今更本気になりかけてくれた相手に対して話を持ちかけるのは非情というべきだろう。
海斗からもこれといって鳥羽と有馬に報告するようなことはしていない。
どんな理由であれ、隣の家に出入りできていることが、今の海斗には単純に嬉しくて楽しい出来事だった。
珍しく有馬が出掛けていて、その日の夜は鳥羽だけが部屋にいた。
海斗も仕事に余裕が出てきて、帰宅は一時期に比べれば早くなったほうだ。
スーツから普段着に着替えて隣の部屋に向かえば、それこそ珍しく、花巻の姿があった。
すでに酒を飲んでいるのか、頬が緩んでいた。
出迎えた鳥羽が有馬の部屋へと通す。
有馬がいようがいまいが、有馬の部屋で食事はとるらしい。
有馬のプライベートなんて、あってないようなもんじゃないか…と海斗は気の毒に思ったが…。
「お久し振りですね」
さすがに近所ということもあって花巻とはたまに顔を合わせる機会はあったし、海斗のことを気にされているのも知っていた。
だけどいままでと同じように鳥羽と有馬と海斗が付き合い続けていることを知れば、さほど心配してもいなかった。
小さく微笑んでから、もうほとんど指定席となった場所に海斗が腰を下ろすと、鳥羽が冷蔵庫からビールを持ってきてくれた。
「蓮、2泊でいないんだけどさー。見てよ、この量。あいつ、何食俺たちに同じもの食わせる気だったんだ?って感じじゃない?これなんか、ゆうべも今朝も食わされたのにまだ残ってるっつーのっ」
花巻が何故呼ばれたのか何となく分かった。
鳥羽は自分で料理などほとんどできないくせに、残り物を何回も出されることを嫌う。
このままいけば海斗と二人で消化したところで、明日の夜どころか、明後日の朝まで繰り越されそうな鍋の中身に助っ人を呼んだというところだろう。
「いいじゃないですか~。家庭の味が毎日食べられるなんて~」
「毎日~ぃ?同じものが続くって飽きるから」
大概は有馬が調整して作るために早々残ることはないのだが、鳥羽と海斗の好き嫌いに出会ってしまうとこのようなことが起こる。
有馬はわざと作るし、容赦なく『一口でいいから食べなさい』と言ってくるが…。
海斗は父母より厳しい存在だ…とちょっと思っている。
「残り物は全部うちでいいですよ。喜んで受け取ります」
「頼もしいよ」
好き嫌いのなさそうな花巻と我が儘な鳥羽が言い合っているうちに海斗はテーブルの上を見回した。
鳥羽が食べ飽きたと言っていたものはあえもので、海斗の好物と言って良く、正直言えば何度出されても海斗は飽きなかった。
そしてそれらは微妙に味が替えられている。
味付けが変わることも海斗には一つの楽しみといえた。
テーブルに並べられたあれもこれもが、今日は海斗の苦手なものが一つもない。
鳥羽が気付いているかどうかは疑問として、鳥羽は有馬に甘やかされているんだろうなとは常々感じる。
有馬がいてくれるから鳥羽には余裕が出来ていて、その余裕さの中に頼りがいが生まれて海斗をかまってくれるのかと時々思う。
有馬は有馬で、別の視点から海斗を甘えさせてくれるけど…。
二人が一緒にいられなくなった時、均衡が崩れるような気がして、それが海斗には怖いもののように思えた。
同時に自分の行き場も失うような焦燥感も生まれてくる。
今更ながらに海斗は、二人の間にしっかりと流れ込んでしまっている自身を認めた。
鳥羽を慕うのと同じように、有馬の存在も重要であって今の海斗には必要だと認識している。
最初に鳥羽に対して抱いた気持ちは今でもゆるぎなく心に存在しているけれど、『特別』にはなれない『諦め』も持っていた。
海斗は有馬と同じような立場にはなれない。
何よりも、二人の間にいるからこそゆとりのある生活が送れることを身体が知っていた。
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鳥羽と有馬が作り出す心地のいい居場所で癒されていく海斗くんなんですね
でもその居心地の良さや温かさが約束された自分の本来のものではなく
いつかは手放さなければならないものだと思うと切ないですよね
優しくて親切なお隣さんという関係がいつまでも続く訳がないと思うと臆病にもなるのがわかります
そんな海斗くんにいつまでも安心していられる場所があればいいのに・・・
でもその居心地の良さや温かさが約束された自分の本来のものではなく
いつかは手放さなければならないものだと思うと切ないですよね
優しくて親切なお隣さんという関係がいつまでも続く訳がないと思うと臆病にもなるのがわかります
そんな海斗くんにいつまでも安心していられる場所があればいいのに・・・
甲斐様、こんにちは~♪
来たらコメがありました。
> 鳥羽と有馬が作り出す心地のいい居場所で癒されていく海斗くんなんですね
癒されてはいるんですけど、逆に不安ももらっているんですよね。
もちろん、海斗個人の入れ込んだ感情なんて知らない二人だから…なのかもしれませんが。(知らないか?!…そっかぁ…)
> でもその居心地の良さや温かさが約束された自分の本来のものではなく
> いつかは手放さなければならないものだと思うと切ないですよね
> 優しくて親切なお隣さんという関係がいつまでも続く訳がないと思うと臆病にもなるのがわかります
> そんな海斗くんにいつまでも安心していられる場所があればいいのに・・・
いつまでも安心していられる場所。
それを求めてずっと彷徨っていました。
海斗に優しくしてくれるひとは数多くいたけれど、一過性のものでしたからね。
(進展がなくて、ちょっと私も焦っています…)
コメントありがとうございました。
来たらコメがありました。
> 鳥羽と有馬が作り出す心地のいい居場所で癒されていく海斗くんなんですね
癒されてはいるんですけど、逆に不安ももらっているんですよね。
もちろん、海斗個人の入れ込んだ感情なんて知らない二人だから…なのかもしれませんが。(知らないか?!…そっかぁ…)
> でもその居心地の良さや温かさが約束された自分の本来のものではなく
> いつかは手放さなければならないものだと思うと切ないですよね
> 優しくて親切なお隣さんという関係がいつまでも続く訳がないと思うと臆病にもなるのがわかります
> そんな海斗くんにいつまでも安心していられる場所があればいいのに・・・
いつまでも安心していられる場所。
それを求めてずっと彷徨っていました。
海斗に優しくしてくれるひとは数多くいたけれど、一過性のものでしたからね。
(進展がなくて、ちょっと私も焦っています…)
コメントありがとうございました。
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