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BLの丘
一番近いもの 28
2010-08-21-Sat  CATEGORY: 一番近いもの
鳥羽が言った台詞の深層心理は判断がつかないし、有馬に聞けることでもない。
だいたい、ふたりが秘密裏に海斗に気を使い、こうして隠れたところで話を進めてくるのを暴露するのは失礼だろう。

海斗が動揺するのも気にした様子はなく、有馬は夕食の準備を着々と進めている。
何も変わることなく、どんな話題も淡々と語る有馬だった。
「確かに俺みたいな立場の人間が、こんな抑揚のないことを言っていたらいけないよね」
精神科という場所がどんなところなのか漠然としか分からない海斗には返事のしようがない。
「ちゃんと付き合った人って全くいないの?」
「まさか。それなりに。でも今はいいやって思ってる。海斗さんは?募集中に切り替えられないの?」
大希と別れた頃から結構な日々が経っていて、これまでも和気あいあいとやってきた。
鳥羽だって『吹っ切れた』と読んでいたくらいだから、有馬もそう捉えていたのだろう。
海斗の落ち込む理由が『淋しさ』だと感じ取っているから、堂々と質問できる内容だったのかもしれない。
「募集中…なんて…」
今まできちんと付き合うことを前提に、なんて考えたこともなかった。
もちろん、そんな過去を知らない有馬だし、自分とは違って真っ当な恋愛をしていると思われているわけだから言い分は当然と言えば当然。
海斗が何と答えたら良いのやら…と俯き加減になれば、有馬に困った顔をされてしまった。
「ごめん、突っ込み過ぎたね」

なんとなくいたたまれず、誤魔化す意味もあって、海斗は無造作に鍋のふたを持ち上げた。
「そろそろ沸騰するかな」
全く意識することなく、そのふたは天麩羅鍋の方へと持ち上げられたため、ふたに付いた水滴が油の中に落ちて激しく油が跳ねあがる。
バチバチッという音にも驚いたが、腕の皮膚に飛んできた熱さに手にしていたふたが床の上に転がり落ちた。
「あつっっ!!」
「海斗さんっ!!」
海斗の行動を目で追っていた有馬が止める間もなかった。咄嗟に海斗の身体を鍋の前から引き離した。
まだバチバチと跳ねる油があちこちを汚している。
「すぐ冷やしてっ!!ほらっ!!」
背中から抱きかかえられるようにされて水道の前に引っ張られる。
有馬は海斗の掌を掴んで、水道水の下に差し出した。
自分の腕が一緒に濡れるのも気にならないようで、肘の部分から掌に向かって水を流される。
数か所に油が跳ねたのか、あちこちがひりひりとしたが、片手だけで、また利き手でなくて良かった…とも思った。
「とにかくこのまましばらく冷やしていて。油だから水疱ができちゃうかな」
不安そうな有馬の表情があった。
手伝うつもりが迷惑をかけただけで、海斗の気分はまた急降下していた。
結局何の取り柄もない人間なのか…。

だが逆に有馬は、話題の流れからも海斗の気をもませ、火傷を負わせるようなことをさせたと悔やんでいた。
「ごめん」と何度も謝ってきて、少しでも海斗の気持ちが楽になるようにと気遣ってくれる。
今はこれ以上の処置のしようがないからと水を出しっぱなしにして、海斗から離れた有馬は、救急箱を出してくると自分の部屋で何かをやっているようだった。
それから有馬は海斗を気遣いつつ、また夕食の準備を始めた。時折交わす会話も、恋愛話からは遠のいた。

どれくらいそうしていただろう。
あまりの情けなさに涙が出そうになっていた。有馬の心遣いは徹底している。
それが返って辛かったし、でも嬉しかった。

あらかたの準備を終え、時間を見計らって、「もうすぐ食べられるから」と水道を止めた有馬に連れられて部屋へと向かい座らせられる。
いつの間に用意したのか、濡らしてさらに冷やされたガーゼを患部に当て、冷やしつづけられるようにと包帯で巻き止められた。
さすがにずっと水道の前に立っているわけにもいかない。
火傷をした部分以外もずっと冷やされていたから、巻かれた包帯が肌を温めてくれるようでホッとさせられた。
その温かさが、有馬そのもののような気がした。
冷えていたのは腕だけでなく、心もだった。

有馬の優しさに触れ、感情が昂った海斗は知らずのうちに泣きそうな顔をしていたらしい。
有馬が不安げに海斗を覗き込んだ。
「痛い?」
全く傷まないわけではないが、我慢できないほどではなく、ぷるぷると首を振る。
真相はそんなことではないと有馬は咄嗟に気付いたようだった。
「海斗さん?」
「なんで有馬はそんなに優しくしてくれんの?普通、怒ってもいいくらいじゃん。俺の不注意なんだし」
「やりなれないことをやらせたのは俺だよ」
穏やかでありながら毅然とした態度で海斗を宥めてくる。

有馬が言ったように、今の海斗は淋しくて仕方がなかった。
鳥羽に向ける想いは叶うことはないし、軽い存在にも見られている。加えて、鳥羽との間に見える薄いカーテンのようなもの。
彼の示す『躊躇い』は海斗が与えた物で、海斗と鳥羽の間には親しげでも遠慮する部分が見え隠れしていた。その態度が余計に悲しさを募らせる。

そんな時に出会ってしまった『似たような人物』。
有馬にはこれまでにも充分なほど信頼をおいていたから、それも安心材料として海斗に被さった。
「あんまり、優しくしないでよ…。甘えたくなる…」
「甘えればいい」
スッと海斗に向かってきた掌が頬を包んだ。途端にぽとりと涙がこぼれ落ちた。
「ただ甘えるだけだよ…」
恋愛感情が入り込まないことをさり気なく伝えてみれば、「分かっている」と言いたげに親指の腹が涙を拭った。
「何か、辛いことがあったんだね」
静かな声が鼓膜に響いた。
たぶん有馬はその理由を自分からは聞かない。

『来るものは拒まず去るものは追わず』…。
父親と同じだ、と海斗は思った。

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長かったかな~…。
なんとかここまで持って行きたかった結果…。

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No title
コメント甲斐 | URL | 2010-08-21-Sat 00:46 [編集]
不安定で傷つきやすい海斗くん
今までは淋しい気持ちを抱えて過ごすことなく
淋しければ誰かと一緒にいればいい
カラダをつなげれば埋められると誤魔化してきたツケでしょうか
まともな恋愛や人付き合いをしてきてないみたいな海斗くんにとって
自分でもわからない感情なんじゃないのかなと思いました
Re: No title
コメントきえ | URL | 2010-08-21-Sat 07:40 [編集]
甲斐様
こちらにもありがとうございます。
連コメ頂いてて、こちらだけで失礼します。

> 不安定で傷つきやすい海斗くん
> 今までは淋しい気持ちを抱えて過ごすことなく
> 淋しければ誰かと一緒にいればいい
> カラダをつなげれば埋められると誤魔化してきたツケでしょうか

父の性教育は正しかったけど、感情的にはブブーでしたね。
淋しい時は一緒にいてあげる、と甘やかされて、ここにきて行き場のない思いに悩まされています。

> まともな恋愛や人付き合いをしてきてないみたいな海斗くんにとって
> 自分でもわからない感情なんじゃないのかなと思いました

海斗を守るように親切にされたっていうことだけでも十分揺らいでいるんだと思います。
恋愛感情とは無縁で生きてきましたからね。
こうやって恋が芽生えるのかって感じでしょうか。
(でも本人、どうしたらいいのか分からない)
コメントありがとうございました。
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