意外な話を聞いたのはその夜だった。
常務という役職についていた駆とも社内では幾度も顔を合わせるが、大翔のようにプライベートな会話をすることはまずない。
今夜、大翔の部屋に美祢が泊まりに来ているのだと春代から聞いた駆は、大翔の部屋を訪ねてきた。
社長や駆たちと夕食を共にすると、普段では聞くことのない経営状況や耳にしたことのない会社名、またその戦略などが会話の中に盛り込まれ、社員も知らないことを知識として美祢は教えられていた。
小難しい内容に幾度も首を傾げる美祢に、丁寧にも説明までしてくれる。
中にはとても社員には聞かせられない裏事情もあったりする。
他人である美祢の前でそれらが披露されるのは、美祢の口の硬さに信頼を置いてもらっているからであった。
家族同様扱われているから、国分寺家が躊躇しないのも薄々気付いている。
普段であればみんなで一緒に食事をとるのが当たり前だったが、たまにこうして大翔の部屋で二人きりの晩餐になることもあった。
今は駆とも顔を合わせづらい美祢だったから、大翔の行動は正直ありがたかった。
「何の用だよ?」
夕食として用意されたものをテーブルの上に並べて、日本酒を煽っていた大翔が、仕事帰りのスーツのままで入ってきた駆に対して冷たい視線を向ける。
兄弟喧嘩はいつものことだったが、今の大翔には『北野』の友人という存在が強く根付いているのを感じた。
あんな男を『友人』にもつ『兄貴』の存在が気に入らないのだろう。
「何だ?その口の聞き方は?!まぁ、美祢ちゃんがいるから今は我慢してやるが。おまえたち、秀樹とも仲が良かったよな?今日、アイツから結婚するって聞いたからさ。式場に行くのは俺と親父だけだが、電報の一つくらい送ってやるのもいいだろうと思って。早目に伝えてやろうかと思って来てみたんだが」
『秀樹』という名を聞いた瞬間、美祢と大翔の動きが止まる。
それは想像もしていなかった言葉だった。
…『結婚』…。
美祢ではとても叶わない夢である。
あの時居酒屋で出会った子も同じだろうとすぐに思えた。
美祢の頭の中では、あの子がその後をどのように過ごしたのか気になった。
別れることを前提に付き合っていた自分とは明らかに違うのだろう…。
身体を纏うもの、身につけるもの、研ぎ澄まされた仕草。
何もかもが『庶民』じゃない。
彼こそが釣り合う気もしていたのに、…。北野が選んだのは『結婚』できる女性だったのか…。
「結婚だって?!そんな話いつから上がってたんだよっ?!」
大翔が怒鳴れば一瞬気後れした駆が「相手がいるようなことをほのめかされたのはふた月くらい前だけど…」と馬鹿正直に答えた。
「クソッ!!」
激しい大翔の怒りに、駆も何があったのかと疑問の声を上げた。
大翔にしてみれば、美祢と付き合いながらもう一人の相手がいたことになり、挙句には『美祢に連絡がつかない』と泣きつかれたわけだ。
「おまえたち、あれほど仲が良かったのに、何だ?!」
恋愛感情があったかどうかは知らないとしても、話をしない仲ではないのを駆は承知している。
嫌悪する態度を見せられるとは思っていなかったはずだ。
「電報なんか送らねーし、二度と会わねーって兄貴から言っとけよ。相手の女、何者?!秀樹さんが幸せになれない呪文ならいくらだって送ってやるっ!!」
「ひろと~ぉ」
「何があった?」
さすがのことに駆も眉間を寄せたが、話せるような内容ではなかった。
「本人から聞けよっ!!本当のこと言うかどうかは知らねーけどっ!!ってか、兄貴の顔見てるだけでムカつくっ!!!」
「なんだとぉっ?!」
「か、駆くん、ちょっと待って。大翔は僕が言い聞かせるからっ」
今にも掴みかかってきそうな駆と大翔の間に美祢は入り込み、二人を制した。
昔から兄弟喧嘩の仲介役は美祢の役目だった。
二人とも美祢の言うことには耳を傾けてくれる。
「何、冷静になってんだよっ!!美祢のことだろっ!!あのクソジジイっ!!2、3発ぶんなぐるだけじゃ気が済まネェっ」
「美祢ちゃんのこと?」
「な、なんでもないからっ」
訝しげに首を傾げる駆を美祢は両手を振って慌てて止めた。
自分と同じ年の、友人と分かっている人間を『クソジジイ』呼ばわりするとはいかほどのことがあったのか…と駆は眉をひそめる。
何かを考えるように頭を巡らせている駆の態度は、一瞬の沈黙をもたらした。
だが、思いついたように部屋を出ていく。
後に残ったのは、あまりにも陰湿な空気だった。
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常務という役職についていた駆とも社内では幾度も顔を合わせるが、大翔のようにプライベートな会話をすることはまずない。
今夜、大翔の部屋に美祢が泊まりに来ているのだと春代から聞いた駆は、大翔の部屋を訪ねてきた。
社長や駆たちと夕食を共にすると、普段では聞くことのない経営状況や耳にしたことのない会社名、またその戦略などが会話の中に盛り込まれ、社員も知らないことを知識として美祢は教えられていた。
小難しい内容に幾度も首を傾げる美祢に、丁寧にも説明までしてくれる。
中にはとても社員には聞かせられない裏事情もあったりする。
他人である美祢の前でそれらが披露されるのは、美祢の口の硬さに信頼を置いてもらっているからであった。
家族同様扱われているから、国分寺家が躊躇しないのも薄々気付いている。
普段であればみんなで一緒に食事をとるのが当たり前だったが、たまにこうして大翔の部屋で二人きりの晩餐になることもあった。
今は駆とも顔を合わせづらい美祢だったから、大翔の行動は正直ありがたかった。
「何の用だよ?」
夕食として用意されたものをテーブルの上に並べて、日本酒を煽っていた大翔が、仕事帰りのスーツのままで入ってきた駆に対して冷たい視線を向ける。
兄弟喧嘩はいつものことだったが、今の大翔には『北野』の友人という存在が強く根付いているのを感じた。
あんな男を『友人』にもつ『兄貴』の存在が気に入らないのだろう。
「何だ?その口の聞き方は?!まぁ、美祢ちゃんがいるから今は我慢してやるが。おまえたち、秀樹とも仲が良かったよな?今日、アイツから結婚するって聞いたからさ。式場に行くのは俺と親父だけだが、電報の一つくらい送ってやるのもいいだろうと思って。早目に伝えてやろうかと思って来てみたんだが」
『秀樹』という名を聞いた瞬間、美祢と大翔の動きが止まる。
それは想像もしていなかった言葉だった。
…『結婚』…。
美祢ではとても叶わない夢である。
あの時居酒屋で出会った子も同じだろうとすぐに思えた。
美祢の頭の中では、あの子がその後をどのように過ごしたのか気になった。
別れることを前提に付き合っていた自分とは明らかに違うのだろう…。
身体を纏うもの、身につけるもの、研ぎ澄まされた仕草。
何もかもが『庶民』じゃない。
彼こそが釣り合う気もしていたのに、…。北野が選んだのは『結婚』できる女性だったのか…。
「結婚だって?!そんな話いつから上がってたんだよっ?!」
大翔が怒鳴れば一瞬気後れした駆が「相手がいるようなことをほのめかされたのはふた月くらい前だけど…」と馬鹿正直に答えた。
「クソッ!!」
激しい大翔の怒りに、駆も何があったのかと疑問の声を上げた。
大翔にしてみれば、美祢と付き合いながらもう一人の相手がいたことになり、挙句には『美祢に連絡がつかない』と泣きつかれたわけだ。
「おまえたち、あれほど仲が良かったのに、何だ?!」
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嫌悪する態度を見せられるとは思っていなかったはずだ。
「電報なんか送らねーし、二度と会わねーって兄貴から言っとけよ。相手の女、何者?!秀樹さんが幸せになれない呪文ならいくらだって送ってやるっ!!」
「ひろと~ぉ」
「何があった?」
さすがのことに駆も眉間を寄せたが、話せるような内容ではなかった。
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「なんだとぉっ?!」
「か、駆くん、ちょっと待って。大翔は僕が言い聞かせるからっ」
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北野は美祢になんていうつもりだったのかなぁ?
お兄ちゃんは関係ないのに弟に恨まれましたね。
どうなるのか、楽しみ~。
あ、おやつあげました。
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さえちゃん
おはようございます。
> 北野は美祢になんていうつもりだったのかなぁ?
> お兄ちゃんは関係ないのに弟に恨まれましたね。
> どうなるのか、楽しみ~。
> あ、おやつあげました。
何を言うつもりだったんでしょうかね。
お兄ちゃん、ホントとばっちり。
せっかく教えて上げようと思って来たのに歓迎されないし。
おやつ頂きました!
また後で何かupします~。
コメントありがとうございました。
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結婚~!?
音信不通だった理由も、何度も連絡してきた理由も、最低のことしか思いつけませんよー。
やっぱ、社会からフェードアウトさせた方が良くない?(笑)
お兄ちゃんも、事情を知ったら激怒しそうです。
美祢ちゃんは味方がいっぱいですね。
本人はお人よしのいい子だけど、その分、周りに過激な人が(^^;)
音信不通だった理由も、何度も連絡してきた理由も、最低のことしか思いつけませんよー。
やっぱ、社会からフェードアウトさせた方が良くない?(笑)
お兄ちゃんも、事情を知ったら激怒しそうです。
美祢ちゃんは味方がいっぱいですね。
本人はお人よしのいい子だけど、その分、周りに過激な人が(^^;)
かやさん
こんにちは~。
> 結婚~!?
> 音信不通だった理由も、何度も連絡してきた理由も、最低のことしか思いつけませんよー。
> やっぱ、社会からフェードアウトさせた方が良くない?(笑)
> お兄ちゃんも、事情を知ったら激怒しそうです。
> 美祢ちゃんは味方がいっぱいですね。
> 本人はお人よしのいい子だけど、その分、周りに過激な人が(^^;)
社会から抹殺!!
ホントですねー。ロクでもないやつだ。
兄ちゃんの友人、こんな人だった。
美祢がのんきなので周りが動くんでしょうか。
周りが動くから美祢がのんびりとしたお人よしな子になっちゃったんでしょうか(笑)
コメントありがとうございました。
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