「ものすごく楽しい夜でした」
と神戸にニコニコと微笑まれて店を後にした。
神戸はまだ何かを言いたそうだったが、榛名の存在を気にしていたのか、「またあとでね」と英人にだけ言葉を残した。
食事をしながらワインを飲み、帰りの車に乗せられてしばらく走った頃には、カクンと頭が揺れた。
隣にいた榛名が気付いて、自分の肩に寄りかからせた。
「まだ時間がある。少し寝ていろ」
静かに囁かれたにしろ、運転手に聞かれているのではないかと心配もしたが、それでも眠気に勝てなかった英人は素直に身体を預けた。
…悲しかった…。
榛名は紳士としての教育を際限なく教え込まれた人間だった。
英人は一度だって味わったことのない女性を相手にするような丁寧なエスコートに幾度も戸惑った。
外にいるほど、人前に出るほど、榛名のそれは優しく英人に降り注がれた。
人目を気にしているからなのだろうか。何一つ知らない自分を気遣っているのだろうか。
男相手の自分には必要のないものだと思われることでも、榛名のリードは変わらなかった。
その扱いを受けるたびに自分がとてもみすぼらしく思えるのに、そんな榛名がとても力強く魅力的でどんどんと惹かれてしまって苦しかった。
自分が生きてきた世界とは全く違う場所にいる人間だと嫌というほど思い知らされる。
恋心など抱くものではないと百も承知しているのに、沸き上がる想いは止めようがなくなっていた。
池で育った魚が海に出て、大きな魚の餌になるような感覚だった。
榛名の優しさを一つ浴びるたびに、悲しさと淋しさで心にぽっかりと穴が開いた。それが幾つも増えて、やがて自分という存在が消えてしまうのではないかと思った。
これまでは一夜を過ごすことばかりだったから恋心を抱く暇もなかった。
榛名のように、こうして長いこと一緒に過ごしたのは元樹以来だろう。しかも元樹の時は感情に気付きもしなかったほどだ。元樹を好きだと思ったのは『大事にされたい』という願望からだったのではないかと振り返るくらい、榛名に寄せる感情は違っている。
まともな恋などしたこともなかったのだ。
『溺れる』という意味を榛名に教えられた。だが、それはあまりにも無謀な『片想い』というものにしかならない。自分を追い詰めるだけだ。
ホテルに着く頃には深い眠りについていた。突然瞼の上を横切った明るい光に、勢いよく目を開いた。眩しさに目を開ければ、ホテルの幾らか照明の落とされたロビーの中だった。
このホテルのロビーは昼夜に分けて光の加減を変えていたが、暗闇から出された自分には充分な明るさだった。
何よりも驚いたのは、人前に居ながら、当然のように榛名に横抱きにされて運ばれている自分の姿だった。
「…えっ?!ちょっ…っ!!」
「動くな」
抑えた声で命令されれば、続く言葉など発することができなかった。
いつの間に縋ったのか、両腕は榛名の首に巻きつけられ、逞しい胸に寄り添っているかのようだった。
ベルボーイがススッとエレベーターに走り寄りボタンを押して、榛名の到着を待っている。ボーイと顔を合わせるのも恥ずかしくて、英人は榛名の胸に顔を埋めるようにしてしまった。後から考えれば、その姿のほうがもっと恥ずかしい。
チンと開いたドアの中には二人だけで、ボーイが降りる階をセットすると、彼を乗せずにエレベーターのドアが閉まった。
「もう、降ろして」
「あと少しだからまだ休んでいればいい」
英人が駄々をこねても榛名は聞こうとせず、不本意ながらその状態で連れられ、結局地に足を付けたのは部屋の前だった。
「酔ったか?」
気遣わしげに尋ねられれば、そんなことはないと首を振った。
色々な緊張で神経がすり減っただけだ。榛名と食事に出かけた夜は緊張感に晒されることも少なくなく、すでに慣れたとは思っていても、今日は神戸と野崎がいたから尚更だった。
車に乗り榛名と二人だけの空間になった途端に気持ちが緩んだ。もちろん運転手はいたけど…。
安心させてくれる空気をいつも榛名は用意してくれる。それは榛名が生み出せる雰囲気であり技なのだといつの頃からか気付いた。
その空間に必然と浸かってしまった。
優しくされればされるほど、榛名にのめり込んだ。榛名という男の匂いをたっぷりと吸い込まされた。
自分はもう、この匂いを忘れることはできないだろう…。
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書けた…(ホッ
良かったよー。
と神戸にニコニコと微笑まれて店を後にした。
神戸はまだ何かを言いたそうだったが、榛名の存在を気にしていたのか、「またあとでね」と英人にだけ言葉を残した。
食事をしながらワインを飲み、帰りの車に乗せられてしばらく走った頃には、カクンと頭が揺れた。
隣にいた榛名が気付いて、自分の肩に寄りかからせた。
「まだ時間がある。少し寝ていろ」
静かに囁かれたにしろ、運転手に聞かれているのではないかと心配もしたが、それでも眠気に勝てなかった英人は素直に身体を預けた。
…悲しかった…。
榛名は紳士としての教育を際限なく教え込まれた人間だった。
英人は一度だって味わったことのない女性を相手にするような丁寧なエスコートに幾度も戸惑った。
外にいるほど、人前に出るほど、榛名のそれは優しく英人に降り注がれた。
人目を気にしているからなのだろうか。何一つ知らない自分を気遣っているのだろうか。
男相手の自分には必要のないものだと思われることでも、榛名のリードは変わらなかった。
その扱いを受けるたびに自分がとてもみすぼらしく思えるのに、そんな榛名がとても力強く魅力的でどんどんと惹かれてしまって苦しかった。
自分が生きてきた世界とは全く違う場所にいる人間だと嫌というほど思い知らされる。
恋心など抱くものではないと百も承知しているのに、沸き上がる想いは止めようがなくなっていた。
池で育った魚が海に出て、大きな魚の餌になるような感覚だった。
榛名の優しさを一つ浴びるたびに、悲しさと淋しさで心にぽっかりと穴が開いた。それが幾つも増えて、やがて自分という存在が消えてしまうのではないかと思った。
これまでは一夜を過ごすことばかりだったから恋心を抱く暇もなかった。
榛名のように、こうして長いこと一緒に過ごしたのは元樹以来だろう。しかも元樹の時は感情に気付きもしなかったほどだ。元樹を好きだと思ったのは『大事にされたい』という願望からだったのではないかと振り返るくらい、榛名に寄せる感情は違っている。
まともな恋などしたこともなかったのだ。
『溺れる』という意味を榛名に教えられた。だが、それはあまりにも無謀な『片想い』というものにしかならない。自分を追い詰めるだけだ。
ホテルに着く頃には深い眠りについていた。突然瞼の上を横切った明るい光に、勢いよく目を開いた。眩しさに目を開ければ、ホテルの幾らか照明の落とされたロビーの中だった。
このホテルのロビーは昼夜に分けて光の加減を変えていたが、暗闇から出された自分には充分な明るさだった。
何よりも驚いたのは、人前に居ながら、当然のように榛名に横抱きにされて運ばれている自分の姿だった。
「…えっ?!ちょっ…っ!!」
「動くな」
抑えた声で命令されれば、続く言葉など発することができなかった。
いつの間に縋ったのか、両腕は榛名の首に巻きつけられ、逞しい胸に寄り添っているかのようだった。
ベルボーイがススッとエレベーターに走り寄りボタンを押して、榛名の到着を待っている。ボーイと顔を合わせるのも恥ずかしくて、英人は榛名の胸に顔を埋めるようにしてしまった。後から考えれば、その姿のほうがもっと恥ずかしい。
チンと開いたドアの中には二人だけで、ボーイが降りる階をセットすると、彼を乗せずにエレベーターのドアが閉まった。
「もう、降ろして」
「あと少しだからまだ休んでいればいい」
英人が駄々をこねても榛名は聞こうとせず、不本意ながらその状態で連れられ、結局地に足を付けたのは部屋の前だった。
「酔ったか?」
気遣わしげに尋ねられれば、そんなことはないと首を振った。
色々な緊張で神経がすり減っただけだ。榛名と食事に出かけた夜は緊張感に晒されることも少なくなく、すでに慣れたとは思っていても、今日は神戸と野崎がいたから尚更だった。
車に乗り榛名と二人だけの空間になった途端に気持ちが緩んだ。もちろん運転手はいたけど…。
安心させてくれる空気をいつも榛名は用意してくれる。それは榛名が生み出せる雰囲気であり技なのだといつの頃からか気付いた。
その空間に必然と浸かってしまった。
優しくされればされるほど、榛名にのめり込んだ。榛名という男の匂いをたっぷりと吸い込まされた。
自分はもう、この匂いを忘れることはできないだろう…。
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