帰国後、1日を置いてから、越谷伸治(こしがや のぶはる)の経営する店に顔を出した。
和洋の創作料理を提供するレストランである。
ファミレスのような広さはもちろんなかったが、客がゆったりと寛げるようなテーブル席の配置がされていて居心地よく感じる。
孝朗も圭吾もすでに、ここで働く従業員とは面識があった。
厨房には越谷の他に、坂戸洸(さかど ひかる)という40歳間近の料理人がいて、圭吾を含めて3人になった。
随分前に、一人退職してしまったらしく、圭吾に声がかかっていた、と言うことだ。
ホールは越谷の甥にあたる32歳の越谷羽生(こしがや ういせ)がおり、接客においての全てを仕切っている。
客の前に立つだけあって所作に隙がなく、堂々とした雰囲気を全身に滾らせている。
接客係が担当するテーブルの割り当てや、客の反応など、細かく見られる観察眼は素晴らしいものだった。
ホールにも全部で4人の従業員しかおらず、店の規模の小ささを物語っていたが、だからこその、それぞれの連係プレーは感心させられる。
レストランは昼の11時から2時半までをランチタイムとして営業し、3時間の休憩を入れた後で5時半からディナータイムを迎えた。
孝朗と圭吾が、帰国して訪れたのは、その休憩時間の時だった。
翌日から働く前の挨拶を兼ねている。
ちょうどみんなが客席で遅い昼食中の時であって、全員がそこに揃っていた。
圭吾が数多くの土産を手にしながら迎えてくれた人々の中に入っていく。
親しいのはやはり圭吾のほうで、孝朗は続いていくような振る舞いだった。
越谷が土産を受け取りながら感想を尋ねてくる。
「どうだった?トルコは」
「面白かったです。タカがいろいろ手配してくれたし」
「べ、べつに…」
照れる孝朗を羽生が席に案内してくれて、ついでに飲み物を持ってきてくれた。
「いーなー。俺も行きたかった―」
「今度はもっと多方面に行って観光したいですね。イスタンブールだけでしたから」
孝朗が目の前に出されたものに礼をいいつつ、語りかけられたことに答える。
「本庄のことだ。食べまくっていたんだろう?」
かつての教え子の行動は理解できているのか、苦笑する越谷がふと孝朗に視線を移した。
「なんだか、熊谷君は肥えてきたようだな」
孝朗は咄嗟に自分の両頬を手で覆った。傍目にも分かるほどなのか、と焦りと恥ずかしさに覆われる。
「タカは元々、やせ過ぎなんだから、いいんです」
「け、圭吾…」
まるで自分たちの関係までバラしているようで、余計に居心地が悪くなりそうだ。店の中での色恋ごとは環境を悪くするようで避けたい。
慌てて制すると、孝朗の気持ちを理解したようにそれ以上のことは言わないでくれた。
一頻り雑談を繰り広げて、親近感を増した後、ディナータイムの準備をするという皆に挨拶をしてレストランを後にした。
受け入れてくれる人たちの温かさが心地よい。
このような場所で働ける喜びも感じ、今まで以上に励もうという気持ちにさせてくれる。
コース料理がメインの店だったが、毎月のように変わっていくメニューは目新しく、特に女性客の気を惹いている。
時にサークル等の会合や、結婚式の2次会などで貸切にされることもある営業は、孝朗にとっても新鮮だった。
臨機応変に対応を変えていく柔軟性は、型どおりで育った孝朗の知らない世界だ。
明日は何が起こるのか…というような、期待のようなものもある。
「孝朗君っていい顔をして接客をするよね」
客に料理内容の説明をしてオーダーを取ってきた孝朗に、羽生がふと声をかけてきた。
自分の行動を逐一見られていたのかという緊張感はありはするものの、褒められているらしい台詞には素直に嬉しさが湧きおこる。
先程オーダーを取った客は、「新しい方ですね」と話しかけて来てくれるほどの、この店の常連客だった。
粗相があっては申し訳ない、という意気込みもあったのかもしれない。
「ありがとうございます」
孝朗が頭を下げるとクスクスと笑った羽生が、「俺たちの前でそんなに畏まらなくていいって」と、力を抜けと言ってくる。
「圭吾君には感謝だな。こういう逸材を迎えられたのは運がいいよ」
「そんな…」
ベタ褒めされるような価値は自分にはないと思っている。
だけどこうして自信をつけさせてくれる人材育成は見習えた。
「さぁ、準備して」と羽生の掌が孝朗の背を押した。
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また足踏みした…。
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和洋の創作料理を提供するレストランである。
ファミレスのような広さはもちろんなかったが、客がゆったりと寛げるようなテーブル席の配置がされていて居心地よく感じる。
孝朗も圭吾もすでに、ここで働く従業員とは面識があった。
厨房には越谷の他に、坂戸洸(さかど ひかる)という40歳間近の料理人がいて、圭吾を含めて3人になった。
随分前に、一人退職してしまったらしく、圭吾に声がかかっていた、と言うことだ。
ホールは越谷の甥にあたる32歳の越谷羽生(こしがや ういせ)がおり、接客においての全てを仕切っている。
客の前に立つだけあって所作に隙がなく、堂々とした雰囲気を全身に滾らせている。
接客係が担当するテーブルの割り当てや、客の反応など、細かく見られる観察眼は素晴らしいものだった。
ホールにも全部で4人の従業員しかおらず、店の規模の小ささを物語っていたが、だからこその、それぞれの連係プレーは感心させられる。
レストランは昼の11時から2時半までをランチタイムとして営業し、3時間の休憩を入れた後で5時半からディナータイムを迎えた。
孝朗と圭吾が、帰国して訪れたのは、その休憩時間の時だった。
翌日から働く前の挨拶を兼ねている。
ちょうどみんなが客席で遅い昼食中の時であって、全員がそこに揃っていた。
圭吾が数多くの土産を手にしながら迎えてくれた人々の中に入っていく。
親しいのはやはり圭吾のほうで、孝朗は続いていくような振る舞いだった。
越谷が土産を受け取りながら感想を尋ねてくる。
「どうだった?トルコは」
「面白かったです。タカがいろいろ手配してくれたし」
「べ、べつに…」
照れる孝朗を羽生が席に案内してくれて、ついでに飲み物を持ってきてくれた。
「いーなー。俺も行きたかった―」
「今度はもっと多方面に行って観光したいですね。イスタンブールだけでしたから」
孝朗が目の前に出されたものに礼をいいつつ、語りかけられたことに答える。
「本庄のことだ。食べまくっていたんだろう?」
かつての教え子の行動は理解できているのか、苦笑する越谷がふと孝朗に視線を移した。
「なんだか、熊谷君は肥えてきたようだな」
孝朗は咄嗟に自分の両頬を手で覆った。傍目にも分かるほどなのか、と焦りと恥ずかしさに覆われる。
「タカは元々、やせ過ぎなんだから、いいんです」
「け、圭吾…」
まるで自分たちの関係までバラしているようで、余計に居心地が悪くなりそうだ。店の中での色恋ごとは環境を悪くするようで避けたい。
慌てて制すると、孝朗の気持ちを理解したようにそれ以上のことは言わないでくれた。
一頻り雑談を繰り広げて、親近感を増した後、ディナータイムの準備をするという皆に挨拶をしてレストランを後にした。
受け入れてくれる人たちの温かさが心地よい。
このような場所で働ける喜びも感じ、今まで以上に励もうという気持ちにさせてくれる。
コース料理がメインの店だったが、毎月のように変わっていくメニューは目新しく、特に女性客の気を惹いている。
時にサークル等の会合や、結婚式の2次会などで貸切にされることもある営業は、孝朗にとっても新鮮だった。
臨機応変に対応を変えていく柔軟性は、型どおりで育った孝朗の知らない世界だ。
明日は何が起こるのか…というような、期待のようなものもある。
「孝朗君っていい顔をして接客をするよね」
客に料理内容の説明をしてオーダーを取ってきた孝朗に、羽生がふと声をかけてきた。
自分の行動を逐一見られていたのかという緊張感はありはするものの、褒められているらしい台詞には素直に嬉しさが湧きおこる。
先程オーダーを取った客は、「新しい方ですね」と話しかけて来てくれるほどの、この店の常連客だった。
粗相があっては申し訳ない、という意気込みもあったのかもしれない。
「ありがとうございます」
孝朗が頭を下げるとクスクスと笑った羽生が、「俺たちの前でそんなに畏まらなくていいって」と、力を抜けと言ってくる。
「圭吾君には感謝だな。こういう逸材を迎えられたのは運がいいよ」
「そんな…」
ベタ褒めされるような価値は自分にはないと思っている。
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「さぁ、準備して」と羽生の掌が孝朗の背を押した。
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