2ntブログ
ご訪問いただきありがとうございます。大人の女性向け、オリジナルのBL小説を書いています。興味のない方、18歳未満の方はご遠慮ください。
BLの丘
淋しい夜に泣く声 88
2009-11-14-Sat  CATEGORY: 淋しい夜
個展が無事終了したことも英人に良い影響を及ぼしていた。
神戸から預けられた企画は新聞に載せるもので、一枚の絵と捉えると英人でも比較的作りやすいもののような気がした。
英人は企画に没頭し、それこそ昼夜問わずに頭をひねり続けた。さすがの榛名も今回は「おまえの集中力には驚かされる」と何も言ってこなかった。
以前、絵を描き始めた頃も寝食を忘れて費やしたことがある。それを知っているだけにこれが英人のスタイルと思えば今度は黙っていてくれたようだ。

オフィスで次から次へと図案を練り出す姿に、出入りしていたカメラマンの男、塚越洋介(つかごし ようすけ)が目を留めた。
すでに40代半ばだが、重い機材に鍛えられた体つきはがっしりとしていて、どことなく父と雰囲気が重なる。
英人の父と重ねられては本人も良い気がしないだろうから黙っているけど…。
オフィスとはいっても堅苦しさはなく、身につけている物も個性豊かなもので、塚越もグリーンのラガーシャツにパンツを合わせただけの軽装だった。
「はあ。さすがにいいセンスしてるなぁ」
英人のデスクに腰を乗せながら手にしていた煙草を口に咥えて、サンプルとして作った紙面を手にした。
室内は禁煙のために煙草に火は付いていないが、口淋しいのかいつもこんな格好だ。

「そうですか?」
褒められたことに僅かに顔を赤くして俯けば、後ろから神戸が間髪入れずに塚越を制した。
「英人君の邪魔はしないでやってね。それとあまり変な入れ知恵しないでよ」
「入れ知恵ってなんだよ。俺の概念を押し付けるような馬鹿な事はしないから安心しろって。こういう仕事は発想力が命だからな。いつまでもウブなままでいてほしいさ」
塚越は神戸にあからさまに嫌な顔を向けるが、嫌ってのことではなくその場の雰囲気に合わせたものだ。
年齢に関係なく、気安く接せる環境はとても居心地が良い。

…ウブって…。
未熟さを言い表されたようで英人は気恥ずかしさもあったし、無力なのを思い知らされたようでもあった。

「そう思うから塚越さんみたいな人に近づいてほしくないんじゃない。塚越さんの撮る物って影響力大きいんだよ」
「褒められているんだか貶されているんだか分からねぇな」
「褒め言葉にして」
二人の軽いやり取りを笑いを含めながら聞いていると、他のデスクに座っていたスタッフたち2人も興味をそそられたように英人の回りにやってきた。
「へぇ。そんなにいいものができてるの?」
ほとんど無理矢理、塚越の手にされていたものが回り始める。
神戸には数度見せたが、特に意見を言われることもなく、ひたすら「好きにやってみて」と言われるだけだった。

最終的には神戸が手を出し、英人の案を採用するかも分からない。
あくまでも今回は試験的なもので、だけど最初から全てを作らせてもらえる環境が英人には嬉しいものだった。
それが今、実になろうとしている。
傍に寄った二人もサンプルを手にすると「へぇ…」と感嘆のため息を零してくれた。
素直な反応には英人も嬉しくなるが、CMという世界では万人に受け入れられる要素が必要となってくる。
クリエーターたちの意見は偏ったものが生まれるだけに、世間に通用するかは英人でも未知の世界だった。

「僕が見込んだだけのことはあるでしょう。英人君の才能を埋もれさせるのはもったいないよ」
神戸は英人のことを褒め称えていたが、英人にそんな自信はまだなかった。
相変わらず萎縮し続ける英人に、塚越がバンと背中を叩いた。
「自分がいいって思うものを作れなきゃ、ここじゃ潰れるんだ。あんたに足りないのは『自信』だろ。経験を積むのは悪いことじゃない。失敗したって挫折したって這い上がる気力と根性を持てば充分渡っていけるだけの才能はあると思っているよ」

未熟者だと言われているようでありながら、期待されている言葉にはジンとくるものがある。
成長させなければいけないのは技術や感性だけでなく、自分の持つ気持ちだ。
榛名は徹底的に甘やかすだけで、何でも英人の思うとおりにしてくれる。その甘えが無力にすると以前諭してくれた神戸の言葉が再び蘇った。
自分は『試練』という言葉を知らない。
育ってきた環境は確かに辛くひどかったかもしれないが、自分に目を向けてくれる男たちの態度は英人を増長させるものでしかなかった。
今でこそ榛名しかいないと思えても、過去に身体しかないと思っていただけに、期待の言葉は英人の中にじんわりと染み込んでくる。
英人は皆が寄せる期待値を初めて知った。
それがとてつもなく嬉しくて満たされて、たとえ預けられた状態であっても、この環境を失いたくないと心から思った。

にほんブログ村 小説ブログ BL小説へ
にほんブログ村
関連記事
トラックバック0 コメント4
コメント

管理者にだけ表示を許可する
 
コメント蝶丸 | URL | 2009-11-14-Sat 23:11 [編集]
英人にとってプラスになってきそうな環境ですね。

でも榛名が嫉妬しそうですね~・・・
期待の新星
コメント甲斐 | URL | 2009-11-15-Sun 15:43 [編集]
これまでの英人君にとっては、苦労とか不幸が普通の状態だったみたい。
だからそこから何かを学ぶとか強くなろうと反省することがないかわりに、辛さに埋もれたり壊れていくこともなく流されていくような生き方だったみたいに思えます。
開き始めた蕾。けど、満開にはまだ遠いです。次の課題は神戸さんお指導のもと、たとえ失敗しても立ち上がれる力をつけて欲しいと思います。
甘々な千城さんとで飴と鞭ですね。
Re: タイトルなし
コメントたつみきえ | URL | 2009-11-16-Mon 06:59 [編集]
蝶丸様

おはようございます。レス遅くなりましたm(__)m
昨日はパソ子を開ける状態にありませんで…

> 英人にとってプラスになってきそうな環境ですね。
>
> でも榛名が嫉妬しそうですね~・・・

英人が充実していくことは千城にとっても嬉しいことのはずなのに、どこか心の狭っちい男になりさがっちゃって…。
そのうちまた神戸サンからお説教でもくらっていればいいです。
千城もだいぶ物分かりが良くなっているはずだし、表向き「大人の男」ですからね~。
英人がうまく甘えることでコントロールが保てるようになっていただきたい。

コメントありがとうございました。
Re: 期待の新星
コメントたつみきえ | URL | 2009-11-16-Mon 07:12 [編集]
甲斐様

おはようございます。レス遅くなってすみません。

> これまでの英人君にとっては、苦労とか不幸が普通の状態だったみたい。
> だからそこから何かを学ぶとか強くなろうと反省することがないかわりに、辛さに埋もれたり壊れていくこともなく流されていくような生き方だったみたいに思えます。

流されて生きていたというのは正しいかもしれません。
将来に対する夢とか希望を漠然としか抱けず、それも叶わないものとどこか諦めて日々をただ暮すだけ…。
「身体だけ」というギリギリあった自信で生存していました。

> 開き始めた蕾。けど、満開にはまだ遠いです。次の課題は神戸さんお指導のもと、たとえ失敗しても立ち上がれる力をつけて欲しいと思います。
> 甘々な千城さんとで飴と鞭ですね。

今の英人は乾いた大地のごとく、吸収しまくっていますからね。
神戸からの指導も失敗とは受け取らなそうなところが純真というか無垢というか…。
最近は神戸も甘いんじゃないか?とちょっと気になっておりますが…。

コメントありがとうございました。
トラックバック
TB*URL
<< 2024/05 >>
S M T W T F S
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -


Copyright © 2024 BLの丘. all rights reserved.