もうどうして良いのか分からずに出社したら窓口に鹿沼がいた。
「雅臣さん、熱出したのに出社したんですか?お客さんに移したらマズイですから帰りましょ」
雅臣の意思など全く無視で、すでに話を聞いていたような部長まで頷いている。
「ちょ…、ちょっと鹿沼っ?!」
「あー、結構熱ありますね。病院にも行きましょうか」
わざとらしく額に手を当てて、「それじゃぁ」と窓口にいる人間に挨拶をすると、雅臣に何一つ言わせないようにしてあっという間に社屋から連れ出された。
「ちょっ…っ!!なんだよ、これっ!!」
外に出ると社内の人前ではなんとなく躊躇われた台詞が次々と口をつく。
「熱なんかないしっ。何、おまえ、うたがってんのっ?!そんなんじゃないからっ!!噂なんか…っ」
握られていた手を振りほどき、やけっぱちになって叫ぶ雅臣に真摯な瞳が突き刺さってきた。
「信じていますよ。信じているけど…っ!!やっぱり心配。……俺、俺、どんだけ不安か分かります?ずっと忘れられなかった人に対峙しているんですよ。雅臣さんにどれほどのことをしたって、雅臣さんが過去を乗り越えてくれなきゃ俺のものにはならない」
雅臣は瞠目した。
鹿沼はこれまで体験したことがないくらいに雅臣を大事に扱ってくれた。
それは過去を塗り替えるのと同じくらい…。
過去などに囚われたままではダメだと引き上げたのは鹿沼だったはずなのに…。
思い出に縛り付けられ、鹿沼とはまだ共に過ごす時間が少なすぎて自信が持てない。
鹿沼を不安にさせ、恩を仇で返しているようなものだった。
「過ぎてきた時を忘れてくれって言っているんじゃないです。誰にだって色々な経験はあります。あの人とのことを思い出されるのは確かに悔しいけど、仕方のないことでしょ。だけどこれからは俺だけを見てほしい。揺るがずに、信じて…。お願いだから『ただの過去の思い出』にして…」
北本に再会した時、心に沸いたのは彼に対する憎悪だけだった。
手酷く捨てられ、それなのに今頃になって戻って来いと都合のいいことを言われた。
昨日また出会ってしまって、何故その気持ちを持ち続けたままでいられなかったのかと思う。
北本と過ごした年月は長かった。お互いのことを知り過ぎた。心を許し合って信じて、『平穏』という言葉が常にある生活だった。
一時は鹿沼とその生活を始めようと心に刻んだはずだったのに…。
自分は何をやっているのかと後悔する。
「なんで、そんなに甘やかすの…?」
『思い出にすればいい』とまで言ってくれる。
「雅臣さんを失いたくないからですよ。昨日も一昨日も、その前からずーっと言っているでしょ。俺は雅臣さんのことがすごく好きなんです」
人通りだってあるところで堂々と告白をされて、雅臣のほうが照れてしまう。
ここまでして自分に向き合ってくれる人間など、鹿沼くらいだろう…。
俯いてしまった雅臣の腕を鹿沼が再び手にした。
「さぁさぁ。風邪をひいた人はさっさと家に帰りましょっ」
「龍太、仕事は?!」
「また戻ってきますよ。とりあえず、雅臣さんを送り届けないことには落ち付かないんです」
わざと言っているのだと分かる鹿沼の明るい声。
雅臣としても一日くらい心の整理をしたかった。
まだ鹿沼との温泉旅行から戻ったばかりで、『幸せの絶頂』にいたはずなのに、転落させられたような気分になってしまっていたから…。
もう一度あの夜を思い出せば、鹿沼へと転がっていける。
そう信じた。
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「雅臣さん、熱出したのに出社したんですか?お客さんに移したらマズイですから帰りましょ」
雅臣の意思など全く無視で、すでに話を聞いていたような部長まで頷いている。
「ちょ…、ちょっと鹿沼っ?!」
「あー、結構熱ありますね。病院にも行きましょうか」
わざとらしく額に手を当てて、「それじゃぁ」と窓口にいる人間に挨拶をすると、雅臣に何一つ言わせないようにしてあっという間に社屋から連れ出された。
「ちょっ…っ!!なんだよ、これっ!!」
外に出ると社内の人前ではなんとなく躊躇われた台詞が次々と口をつく。
「熱なんかないしっ。何、おまえ、うたがってんのっ?!そんなんじゃないからっ!!噂なんか…っ」
握られていた手を振りほどき、やけっぱちになって叫ぶ雅臣に真摯な瞳が突き刺さってきた。
「信じていますよ。信じているけど…っ!!やっぱり心配。……俺、俺、どんだけ不安か分かります?ずっと忘れられなかった人に対峙しているんですよ。雅臣さんにどれほどのことをしたって、雅臣さんが過去を乗り越えてくれなきゃ俺のものにはならない」
雅臣は瞠目した。
鹿沼はこれまで体験したことがないくらいに雅臣を大事に扱ってくれた。
それは過去を塗り替えるのと同じくらい…。
過去などに囚われたままではダメだと引き上げたのは鹿沼だったはずなのに…。
思い出に縛り付けられ、鹿沼とはまだ共に過ごす時間が少なすぎて自信が持てない。
鹿沼を不安にさせ、恩を仇で返しているようなものだった。
「過ぎてきた時を忘れてくれって言っているんじゃないです。誰にだって色々な経験はあります。あの人とのことを思い出されるのは確かに悔しいけど、仕方のないことでしょ。だけどこれからは俺だけを見てほしい。揺るがずに、信じて…。お願いだから『ただの過去の思い出』にして…」
北本に再会した時、心に沸いたのは彼に対する憎悪だけだった。
手酷く捨てられ、それなのに今頃になって戻って来いと都合のいいことを言われた。
昨日また出会ってしまって、何故その気持ちを持ち続けたままでいられなかったのかと思う。
北本と過ごした年月は長かった。お互いのことを知り過ぎた。心を許し合って信じて、『平穏』という言葉が常にある生活だった。
一時は鹿沼とその生活を始めようと心に刻んだはずだったのに…。
自分は何をやっているのかと後悔する。
「なんで、そんなに甘やかすの…?」
『思い出にすればいい』とまで言ってくれる。
「雅臣さんを失いたくないからですよ。昨日も一昨日も、その前からずーっと言っているでしょ。俺は雅臣さんのことがすごく好きなんです」
人通りだってあるところで堂々と告白をされて、雅臣のほうが照れてしまう。
ここまでして自分に向き合ってくれる人間など、鹿沼くらいだろう…。
俯いてしまった雅臣の腕を鹿沼が再び手にした。
「さぁさぁ。風邪をひいた人はさっさと家に帰りましょっ」
「龍太、仕事は?!」
「また戻ってきますよ。とりあえず、雅臣さんを送り届けないことには落ち付かないんです」
わざと言っているのだと分かる鹿沼の明るい声。
雅臣としても一日くらい心の整理をしたかった。
まだ鹿沼との温泉旅行から戻ったばかりで、『幸せの絶頂』にいたはずなのに、転落させられたような気分になってしまっていたから…。
もう一度あの夜を思い出せば、鹿沼へと転がっていける。
そう信じた。
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きえ | URL | 2010-03-08-Mon 12:26 [編集]
MO様
こんにちは。
>不安な気持ちを抱えているのは、鹿沼もですよね。雅臣は鹿沼の愛を信じて、過去を乗り越えて欲しいですね。お互いの気持ちを正直に伝え合って、どんどん絆を深めて、幸せになって欲しいです。それには、あの男が どう出てくるか?ですよね~。
長年忘れられず、身体だけの関係を続けてきていた雅臣のことを知っていた鹿沼は、常にその存在に脅えていたのかもしれませんね。
だから強気に出て振舞っていたのかも…。
やっと鹿沼のところへ…と思った矢先の出来事なだけに、鹿沼の動揺は激しかったと思います。
それに気付いた雅臣も…どうするのか。
コメントありがとうございました。
こんにちは。
>不安な気持ちを抱えているのは、鹿沼もですよね。雅臣は鹿沼の愛を信じて、過去を乗り越えて欲しいですね。お互いの気持ちを正直に伝え合って、どんどん絆を深めて、幸せになって欲しいです。それには、あの男が どう出てくるか?ですよね~。
長年忘れられず、身体だけの関係を続けてきていた雅臣のことを知っていた鹿沼は、常にその存在に脅えていたのかもしれませんね。
だから強気に出て振舞っていたのかも…。
やっと鹿沼のところへ…と思った矢先の出来事なだけに、鹿沼の動揺は激しかったと思います。
それに気付いた雅臣も…どうするのか。
コメントありがとうございました。
鹿沼ーいい男だ!!
あんな嫌なヤツのことなんか忘れてしまえって言うんじゃなくて、過去の思い出にしてしまってほしいだなんて。
そんな、過去のいろいろごと愛してずっと一緒にいてくれるのなら、この先何があっても共に生きられるって思いますよ、ワタシなら。
あんな嫌なヤツのことなんか忘れてしまえって言うんじゃなくて、過去の思い出にしてしまってほしいだなんて。
そんな、過去のいろいろごと愛してずっと一緒にいてくれるのなら、この先何があっても共に生きられるって思いますよ、ワタシなら。
甲斐様
こちらにもどうもですっ!!
> 鹿沼ーいい男だ!!
いー男ですよ!本当!いい男。超寛大!!!
> あんな嫌なヤツのことなんか忘れてしまえって言うんじゃなくて、過去の思い出にしてしまってほしいだなんて。
雅臣もね、甘えながらいっぱい気付いてくことと思います。
今更ながら失うことへの恐怖と合い混ぜあっていますから、鹿沼が離れてしまう状況は苦しいことと理解しているのでしょう。
甘えをとるのか、苦しんでもまた同じ道を歩むのか、、、、。
コメントありがとうございました。
こちらにもどうもですっ!!
> 鹿沼ーいい男だ!!
いー男ですよ!本当!いい男。超寛大!!!
> あんな嫌なヤツのことなんか忘れてしまえって言うんじゃなくて、過去の思い出にしてしまってほしいだなんて。
雅臣もね、甘えながらいっぱい気付いてくことと思います。
今更ながら失うことへの恐怖と合い混ぜあっていますから、鹿沼が離れてしまう状況は苦しいことと理解しているのでしょう。
甘えをとるのか、苦しんでもまた同じ道を歩むのか、、、、。
コメントありがとうございました。
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